山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅通信【ひとり画展】とよだ 時

▼383号「北ア・蝶ヶ岳の蝶」

【概略】
♪小手をかざせば夕陽に染まる、黒部立山穂高川、モンシロの蝶舞
うように…。北アルプス蝶ヶ岳の雪形の蝶。山の歌の歌詞ではモン
シロチョウになっているが、本当は高山チョウのミヤマモンキチョ
ウというものになぞらえているという。
・長野県松本市と安曇野市との境

▼383号「北ア・蝶ヶ岳の蝶」

【本文】
北アルプス蝶ヶ岳(ちょうがたけ・標高2677m)は、常念山脈常念
岳(じょうねんだけ・標高点2857m)の南にある山。山容もなだら
かで、ゆったりとくつろげる山です。『長野県の地名』によれば、
この山がはじめて記録に出てくるのは、江戸時代はじめの正保(し
ょうほう)年間(1644〜48年)の国絵図だというからかなり古い
年代ですね。

この山は、4月中旬から6月ごろ、安曇平の安曇野市豊科町や穂高
町方向から見ると、蝶ヶ岳ヒュッテの南側の山稜に蝶の雪形があら
われることで有名です。これが山名の由来だそうです。

江戸時代中期の享保9(1724年)に編纂された松本藩内の総合書
「信府統記・しんぷとうき」(鈴木重武・三井弘篤編)にも「此蝶
ヶ岳ハ春季ニ至リ積雪漸ク消ユル時、其形恰モ蝶ノ羽ノ形ニ似タレ
バ因テ此名ヲ付シタルモノナリ、是日請ケニヨルカ故ニ年々異ナル
事ナシ」と雪形が山名の元だとしています。

この蝶ヶ岳山頂には、かつては鳥居が建っていたそうですが、なぜ
か1966年(昭和41)に取り壊されています。鳥居があるからには、
ここに神社があったのか、それとも上高地明神池の穂高見命(ほた
かみのみこと)をまつった穂高神社奥社を拝むためのものか、また
槍ヶ岳を開いた播隆上人の播隆講中がここから遙かに浮かぶ槍ヶ岳
を遙拝したためのものか、謎のひとつになっているそうです。

ここに播隆上人が出てくるのは、文政9年(1826年)、播隆上人と
案内者の小倉村の中田又重郎は、堀金村(いまは安曇野市)から入
り、鍋冠山、大滝山、蝶ヶ岳へ出てワサビ沢へ下り、槍沢を槍ヶ岳
へたどったといい、播隆が槍ヶ岳に鉄の鎖をかけるまで4回もここ
を通って往復しているといういきさつがあるからでしょう。

この山は1953年(昭和28)、蝶ヶ池の近くにベースキャンプが張ら
れ、続いて1957年(昭和32)、蝶ヶ岳ヒュッテができてからこの山
への登山人気が出て訪れる人も増えたという。

「パノラマ銀座」といわれる常念岳から蝶ヶ岳、大滝山のコースは、
槍・穂高連峰が一望でき、また後ろを見れば谷や山を隔てて、遠く
富士山や八ヶ岳、遠く煙がたなびく浅間山まで眺望できる山道。人
気のコースというのも納得できます。

さて蝶ヶ岳の山名の元になっている蝶の雪形は、山の歌にも歌われ
ています。「小手をかざせば夕陽に染まる、黒部立山穂高川、モン
シロの蝶舞うように心もヒラヒラしあわせになる…」横山賢一作詞
・吉田耕三作曲「蝶ヶ岳賛歌」の3番の歌詞です。

歌詞ではモンシロチョウになっています。しかし『山の紋章・雪形』
(学研)を著した田淵行男氏はこの中で、雪形の大きさは250mく
らい。ガの一種で美しい淡い青色をしている「オオミズアオ」に似
ているというのです。

しかしチョウはいいけど、ガは嫌だという人が多いため、次に似て
いる高山チョウのなかのミヤマモンキチョウというものになぞらえ
ているのだそうです。何チョウとしてもこの雪形はきれいですよね。
「蝶ヶ岳に南から雲がかかれば、雨か風となる」とのいいつたえも
あるそうです。

▼蝶ヶ岳【データ】
【所在地】
・長野県松本市安曇(旧南安曇郡安曇村)と長野県安曇野市堀金(旧
南安曇郡堀金村)との境。大糸線豊科駅の西16キロ。JR大糸線穂
高駅からタクシー三ツ股下車、さらに歩いて5時間で蝶ヶ岳。写真
測量による標高点(2677m・標石はない)がある。地形図に蝶ヶ岳
ヒュッテと蝶ヶ池、山頂に標高点と標高の記載あり。

【名山】
・清水栄一選定「信州百名山」(第66番選定)

【位置】
・標高点:北緯36度17分14.67秒、東経137度43分33.87秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「穂高岳(高山)」

【山行】
・某年8月25日(金曜日・快晴)裏銀座から表銀座、徳本峠縦走時
探訪

【参考文献】
・「信州山岳百科・1」(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)
・「信府統記・しんぷとうき」:全32巻・享保9(1724年)(松本
藩内の総合書)松本藩主4代水野忠恒の命により、鈴木重武・三井
弘篤が編修した:(「国書総目録」による)
・「信州百名山」清水栄一(桐原書店)1990年(平成2)
・「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本歴史地名大系20・長野県の地名』(平凡社)1979年(昭和54)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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