山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼331号 「中ア・空木岳はるか彼方のテント場」

【概略】
うつぎとはウノハナのことだという。かつてここにも小さな祠が
あったそうです。木曽殿越から急登をあえぎながらやっとついた
空木岳の頂上。キャンプ場はと見ると、東側眼下のかなたにテン
トがならんでいます。あそこまで行くのか。気を取り直し立ち上
がるまでしばらく時間がかかったことがありました。
・長野県駒ヶ根市と大桑村

▼331号 「中ア・空木岳はるか彼方のテント場」

長野県駒ヶ根市と大桑村にまたがる空木(うつぎ・標高2863.71m)
岳は、中央アルプス主脈の中央にあり、その名の空木とはウノハナ
(ユキノシタ科の落葉低木のウツギ)のことだそうです。幹が中空
のため空木の名があります。

空木岳は5、6月ころ、山頂東斜面の空木カール状地形に積もった
雪は、まだ深く岩峰があらわれることが少なくまだ白く輝いている
状態です。

伊那谷のふもとから見ると、中腹から下のシラビソやトウヒの黒々
とした木々に対比し、まるでウノハナが梢に白く群がり咲いている
姿そのままの感じに見えることからついたという(「駒の残雪」民
俗研究家向山雅重著)。

また伊那側の池山尾根上にあり前山にもなっている池山(1774m)
にウツギが群生していることに由来するなどの説があるそうです。

空木岳の名は明治39(1906)年の「日本山岳志」(高頭武著)や小
島烏水の「日本アルプス」(第三巻)に出ています。しかし不思議
なことに当時農務省が発行した2万分の1地形図の木曽図幅には、
空木岳に該当する場所に「駒ヶ岳」として2846mの標高が記されて
いるという。

なお、深田久弥の『日本百名山』に、「山頂に小さな祠……」とあ
りますが、調べに登った時はすでになく、何を祭ってあったかはは
っきりしません。

木曽殿越からの急登をあえぎあえぎ登りやっとついた空木岳の頂
上。キャンプ場はと見ると、東側眼下のかなたにテントが並んでい
ます。あそこまで行くのか。ガックリした気を取り直し立ち上がるま
でしばらく時間がかかったことがありました

▼【データ】
【山名】
・【異名、由来】:・伊那谷から望むと雪形が空木の木に似ているか
ら、またウツギが多いから農民が呼ぶようになった(「日本山名事
典」)。ウツギが群生していることに由来する説も。

【所在地】
・長野県駒ヶ根市と木曽郡大桑村との境。飯田線伊那福岡駅の西1
1キロ。JR中央本線倉本駅から7時間30分で空木岳。二等三角点
(2863.71m)がある。と写真測量による標高点(2863.7m)。地形
図に山名と三角点も標高と、東側に駒峰ヒュッテの文字記載あり。

【名山】
・深田久弥選定「日本百名山」(第75 ○選定):日本二百名山、日
本三百名山にも含まれる。
・岩崎元郎選定「新日本百名山」(×選定外)
・清水栄一選定「信州百名山」(第78番○選定)

【位置】
・三角点:北緯35度43分8.36秒、東経137度49分1.44秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「空木岳(飯田)」。5万分の1地形図「飯
田−赤穂」

【山行】中央アルプス縦走
・某年9月23日(日・晴れ)空木岳探訪

【参考】
・「角川日本地名大辞典20・長野県」市川健夫ほか編(角川書店)1
990年(平成2)
・「コンサイス日本山名辞典」(三省堂)1979年(昭和54)
・「信州山岳百科・2」(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)
・「信州百名山」清水栄一(桐原書店)1990年(平成2)
・「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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