山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼248号 「北ア・白馬岳三国境の石仏とウルップソウ」

白馬岳近くの三国境で、ウルップソウにカメラを向けていた人が、
私の話し声を聞いて突然ふりむき、「聞いたことのある声だと思っ
たら。こんなところであうなんて」。なんと丹沢の尊仏山荘の方で
した。こんな奇遇なこともあるんですねえ。

▼248号 「北ア・白馬岳三国境のウルップソウ」

【本文】
白馬岳といえば北アルプス一の高山植物の宝庫。シナノキンバイ、
チングルマ、コマクサ、ウサギギクなど数えきれない程の植物の花
がお花畑をつくります。

また白馬岳(苗代掻き馬がもと)の名は、春に馬の形をした雪解け
の模様(雪形)が出るところからつけられたといいます。その雪形
が出るところが長野県と富山県、新潟県の県境になる三国境という
鞍部の下。三国境は、信濃、越後、越中の旧国境になっています。

北側からは朝日岳や蓮華温泉からのザク道と、白馬大池から小蓮華
山経由の道を合わせ、舟窪(二重山稜)も見られ白馬岳へはもう一
歩という所です。

こんな人里遠く離れた山中の三国境から石仏が発掘された記録があ
ります。昭和10(1935)年の7月、長野県北城村(いまの白馬村)
切久保地区の登山案内人福島忠雄(27歳)が、東京の山草クラブ
の学生に三国境で小休止。

足元に咲いているシコタンソウなどの高山植物の説明をしている
と、瓦礫の中にボールのような丸い石を見つけました。ピッケルで
掘ってみると地蔵の座像が出てきました。この石仏発見の現場に地
元新聞社の記者が通りかかりました。

…【白馬山頂発】 北アルプス白馬頂上付近から、端もなく二十八
日、世にも珍しい仏像が発見され、アルピニストの目を丸くさせて
いる。

…東北に聳える大日岳(小蓮華山)に因縁のあるものと思われ、…
(小蓮華山の初代の仏像は行方不明)…これから見て、掘り出され
た仏像は正しく源長寺洞光和尚の刻んだ天正年間作のものに間違い
ないと見られる…。

これは昭和10(1935)年7月31日付「信濃毎日新聞」の記事です。
石仏の大きさは40センチくらいで水成岩造り。銘など刻んだあと
は見つからず、結局いつ誰が彫ったのか分からなかったという。

調査の結果、小蓮華山の像は大日如来であり、手の形、印相も違い
小蓮華山の石仏とは関係がなさそうです。地蔵はガイドが、そのま
ま自然岩で台座をつくり現地に安置したという。

戦後になり石仏盗難が相次ぐため、関係者が協議の結果、発見者の
ガイドの家で供養することになり、石仏を麓にかつぎおろしました。
しかし家に置いてはみたものの、個人ではとても管理しきれるもの
ではありせん。

そこで出身校の北城小学校へ預け、供養を頼んだという。数年後の
昭和38(1963)年、台風で松川が氾濫し小学校も被害を受け、仏
像は泥の中に埋まってしまいました。

見かねた地元山岳史研究家が白馬村役場の床の間に安置しておきま
したが、いつのころか行方不明になり、いまは誰も知らないと、氏
自身の著書の中で書いているそうです(『北アルプス白馬連峰』)。

ある年の夏、東麓の小谷村、山ノ神尾根から登り出しました。暑い
なか、湿地の尾根道をただひたすら歩き、途中で雨が降り出し天狗
原の一角のあぜ道のようなところで一泊。翌日は白馬大池から白馬
岳を目指しました。

大勢の人が通りすがります。まわりの高山植物の花をひとつひとつ
愛でながらの山岳漫歩を楽しみました。白馬岳近くの三国境、石仏
が見つかったのはこのあたりか、雪形が出るのはこの下あたりか。
ウルップソウがきれいだなあ。

すると花にカメラを向けていた人が突然私の話し声を聞いてふりむ
きました。「聞いたことのある声だと思ったら。こんなところで会
うなんて」。なんと、丹沢の尊仏山荘のOさんではありませんか。

いや〜こんなこともあるんですねえ。聞けば今回は高山植物の花を
撮るため山小屋泊まりでのゆっくり山行という。うらやましい。石
仏のことなどほったらかしでしばらく話が弾んだのでありました。

▼三国境【データ】
【所在地】
・長野県北安曇郡白馬村と新潟県糸魚川市・富山県下新川郡朝日町
との境。JR大糸線白馬駅からバス・猿倉から大雪渓経由6時間45
分で三国境(本当の三国境は登山道より二重山稜の船窪地形を越え
て80m東に離れている)。写真測量による標高点(2751m)。地形図
に地名と標高点の標高の記載あり。三国境より南南西約950mに白
馬岳の三角点がある。

【位置】
・三国境:北緯36度45分58.18秒、東経137度45分44.8秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「白馬岳(富山)」

【山行】後立山連峰縦走
某年7月29日(水・晴れ)白馬岳三国境探訪

【参考】
・「信州山岳百科・1」(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)
・「北アルプス白馬連峰 その歴史と民俗」長沢武(郷土出版社)1
986年(昭和61)
・「牧野新日本植物図鑑」牧野富太郎(北隆館)1974年(昭和49)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよた 時】

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