山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅通信【ひとり画っ展】とよだ 時

▼155号「東北鳥海山・大物忌神」

前文】
鳥海山頂の御本社・鳥海山大物忌神社。かつては修験道の霊場とし
ても栄え、鳥海山大権現といったという。本地仏は薬師如来。1869
年(明治2)の神仏分離令まで、山伏の修行の場でもあったそうで
す。それにしても廃仏棄釈とはバカなことをやったものですよね。
・山形県遊佐町

▼155号「東北鳥海山・大物忌神」

【本文】
日本海に三角形の影を写す「影鳥海」で有名な東北の名山鳥海山(2
236m)。その山頂に御本社と呼ぶ神社があります。鳥海山大物忌(お
おものいみ)神社で、祭る神はもちろん大物忌神。

大物忌とは天照大神(あまてらすおおかみ)の食事に奉仕した神宮
の職名だそうです。そのせいかこの神社は、穀物の神として食料の
神の倉稲魂命(うがのみたまのみこと・宇迦之御魂神)、豊宇気姫
神(とようけひめのかみ)をまつっています。

だいたい神社などの社伝や縁起は大ボラばかりで信用なりません
が、一応創立は景行(けいこう)天皇時代あたりとされています。
欽明(きんめい)天皇25年(564)になってから鳥海山の山頂にま
つったとしています。

朝廷の蝦夷(えみし)開拓にともない人々に崇敬されるようになり、
平安時代初期の律令の細則を書いた『延喜式・えんぎしき』では名
神大社に名を連ね、その国第一の神社(一の宮)の名をつけ、出羽
国一の宮として信仰されました。

また修験道の霊場としても栄え、鳥海山大権現といい、本地仏(ほ
んじぶつ)は薬師如来だとされ、1869年(明治2)の神仏分離令ま
で、山伏の修行の場でもあったそうです。

それにしても神道を崇拝するあまり仏教に関するものは仏像から建
造物までぶちこわす、廃仏棄釈(はいぶつきしゃく)とはバカなこ
とをやったものです。どこかの国の文化大革命のようなものですよ
ね。

▼【データ】
【名山】
・(第15番)日本百名山(深田久弥選定・日本二百名山、日本三百
名山にも含まれる) ・(29・チョウカイフスマ)花の百名山(田
中澄江選定)

【所在地】
・山形県飽海郡遊佐町。JR羽越本線象潟駅からバス、鉾立停留所
下車、さらに歩いて5時間で鳥海山御本社。そばに御室がある。地
形図に山名と大物忌(おおものいみ)神社と御室の文字の記載あり。
神社より北東322mに三角点がある。

【ご利益】
・穀物の神、食料の神

【位置】
・御本社:北緯39度05分51.24秒、東経140度2分55.07秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「鳥海山(新庄)」

【参考】
・「角川日本地名大辞典6・山形県」誉田慶恩ほか編(角川書店)1981
年(昭和56)
・「古代山岳信仰遺跡の研究」大和久震平著(名著出版)1990年(平
成2)
・「山岳宗教史研究叢書7・東北霊山と修験道」月光善弘編 (名著
出版)1977年(昭和52)
・「山岳宗教史研究叢書16・修験道の伝承文化」五記重編 (名著
出版)1981年(昭和56)
・「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『鳥海山大物忌神社』パンフ
・「東北の山岳信仰」岩崎敏夫(岩崎美術社)1996年(平成8)
・『日本歴史地名大系6・山形の地名』(平凡社)1990年(平成2)

山の文化伝承探査、画文業、漫画家
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・ゆうもぁ-と制作処

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