【本文】
【避難小屋の怪】
かなり古い話ですが、山岳雑誌にこんな記事が載っていました。
日光白根山の直下に五色に光る?水をたたえる五色沼。そのほど
近くに建つ避難小屋で、怪奇現象が起こるというのです。
「避難小屋に泊まると、雨も降らないのにポツン、ポツンと音
がし、そのうち小屋の外でドカン、ドカンとスゴイ物音。しばらく
すると、こんどはシュラフの枕元でガサッ、ガサッと音が一晩中絶
えない。ここは私ひとり。まわりはまっ暗……。こんどは枕元で、
物をひきずる音がはじまった。……。とても寝られるような状態
ではない。朝になるのをまちかね、ほうほうのていで逃げ出した」
とあります。
それなら一度体験してみようと7月半ば、物好きにもわざわざ
行ってみました。奥白根避難小屋は一度泊まってみたかった小ぎ
れいな無人小屋。当日はあいにく湯元あたりからしょぼ降る雨、
急いで小屋のなかに逃げ込みました。
中にはだれもほかに泊まる人はありません。夕食も終わり、イ
ッパイやっているうちに夜が更け、シュラーフにもぐり込みます。
外では、壊れかかった古い方の避難小屋のドアがガタガタと鳴り
はじめました。ここは地形的にも風の通り道。そのための現象な
んだなと納得します。
そのうち、やたらと大きな雨音がしてきました。あたりを見渡し
ます。そうか、屋根が厚いトタンでできているから、大げさな音が
するのだ、とまたまた納得。突然、真っ暗な枕元でガサガサッ。手
探りでヘッドランプを探し、電灯をつけてみましたが変わった様子
がありません。
寝ようとしてしばらくするとまたガサガサッ。あわてて電灯をつ
けてましたが、変わった様子がありません。寝ようとするとまたガ
サガサッ。その何回めかの音にあわせて、用意しておいたヘッドラ
ンプを思い切りつけてみました。光の中に動く影。小さなチュウタ
ローでした。枕元のビニールの袋をくわえて運ぼうとしていたので
す。
あわてふためく姿がなんとも愛らしいです。そうか、怪奇現象と
はこのことか。ホッと胸をなでおろしたのはいいけれど、冬などは
どうして生きているのでしょうねえ。こんどはそんな心配をする一
夜でした。
さて、奥日光の白根山(しらねさん・標高2578m)は、栃
木県日光市と、群馬県片品村との境にそびえ、関東以北の最高峰
を誇ります。男体山の奥ノ院にもあたるのだそうです(『日光山志』)。
南東直下に神秘な五色沼が水を湛え、さらにその西に弥陀ヶ池があ
り、シラネアオイが華麗な花を見せてくれます。
【山名】
白根山は、群馬県の草津白根山と区別するため「日光白根山」
とも呼ばれています。また東に前白根山がそびえており、湯元温
泉から見て、その奧にあるため「奥白根山」とも呼ばれます。「し
らね」は白い峰、または雪のある高い峰という意味で、白根、白
峰の字を当てています。
♪富士の高嶺に降る雪も…(ちょっと古いネ)という歌にも出
てくる「ネ」であります。前白根山、五色山との間に火口原湖の
五色沼があり、北部座禅山との間にも火口湖である弥陀ヶ池があ
ります。
白根山の山頂は、関東以北の最高峰だけに抜群な眺望。東方面
には、男体山などの日光連山や、北方には、尾瀬の燧ヶ岳や至仏
山、また西の目を向けると、谷川岳をはじめとする上越の山々、
鈴ヶ岳、皇海山・武尊山など、遠く富士山も展望できます。
【高山植物】
高山植物も豊富で、弥陀ヶ池・五色沼周辺は、シラネアオイ・
ハクサンチドリ・ハクサンフウロ・シラネニンジンなどなどがみ
られます。
【上州側からの登山】
白根山はかつて群馬県側(上州)では、「荒山」と呼んでいたと
いいます。さらに白根山への信仰登山も、いまと違って群馬県側が
表口だったといいます。そういえば、白根山北西側の丸沼方面には、
いまでも遠鳥居、不動尊、六地蔵、賽ノ碩(さいのかわら)、血ノ
池地獄、大日如来などの仏教系の地名が残っています。
当時、上州側の一般庶民は、産土神(うぶすながみ)として山頂
に荒山権現をまつり、毎年、各家ごとに特産の新繭からとった糸を
奉納するために登ったということです。余談ながら権現とは、人を
救うために、仏さまのかわりに、権(かり・仮)に現れた、神のこ
とだそうです。
【祠・祭神】
いま山頂にある祠は、これと関係のない日光側の男体山の奥ノ院
である白根神社をまつっています。祭神は大己貴命(おおなむちの
みこと・大国主命・大黒さま)という神さまです。その本地仏(そ
の神のもとになっている仏さま)として十一面観音をまつっていま
す。この祠は新しいもので、古い石宮が、江戸時代前期の慶安2年
(1649)の噴火で、新火口の中に落下してしまい、日光座主の
命によって再建されたものそうです。
ここも日光修験の補陀洛(ふだらく)夏峰の修行地です。『日光
山萬願寺勝成就院堂社建立旧記』という本には、白根山の山頂に「魔
海・仏海」という2湖があるとあります。この2つの湖というのは
どこか、火口の五色沼と弥陀ヶ原のことでしょうかネ。ちなみに、
この本は、元禄10年(1697)に書かれた、日光山の各社寺の由緒
・沿革、川・滝・山・湖などの名跡などを記した本です。
【前白根山の山頂の祠・祭神】
またその東の前白根山の頂上には、前白根神社の小さな祠(祭神
は味耜高彦根命・あじすきたかひこねのみこと・『古事記』、『日本
書紀』や『風土記』にでてくる神で、大国主命の子。『古事記』で
は、阿遅志貴高日子根神と記す)がまつられています。何とも難し
い字ですネ。
【日光修験】
この山で修行をした日光修験は、鎌倉末期から南北朝にかけてと
くに盛んになり、春の峰、夏の峰、冬の峰と秋の五禅頂を合わせた
「三峰五禅頂(霊山の頂上)」の峰入り修行が行われ、奥白根山も
当然、夏の奥駈け道場の場になっていたそうです。
【日光連山家族説】家系図イラスト。
白根山にはこんな話もあります。奥白根山は男体山と兄弟だと
いうのです。そして、この山頂から東南から東方にかけて広がる、
男体山をはじめとする日光連山は一大ファミリーだとの説がありま
す。奥白根山は男体山と兄弟だとするのをはじめ、女峰山とも兄
妹といわれ、当然、太郎山の叔父さんになります。
つまり、男体山が父親で、女峰山が母親、太郎山が長男です。
また大真名子山は、愛子(まなこ)山の意味で長女(または次男)
のこと。さらに小真名子山は次女(または三男)になります。その
子供から見て白根山は叔父で、赤薙(なぎ)山が伯母だそうです。
山王帽子山は、父親男体山の愛人の子だといいます。男体山には
愛人までいたんですね。ただその愛人はどの山かは不明です。さら
に前白根山は白根山の子どもだとします。では白根山の妻はどこか。
北方の金精山という説もありますが、はっきりしません。さらに帝
釈山、三岳なども一族だとのことですが、詳細は不明です。
【妻を奪われた白根山】
話は飛んで白根山は爆発噴火の激しい山ですが、原因があるとい
います。白根山は妻を、北方にある金精山に奪われたという説も
あるのです。金精山が白根山の妻だという話もあるのですが、こ
こでは精力絶倫の男山ということになっています。金精山に妻を
奪われて以来、白根山はやけのやんぱちになり、すっかり暴れ山
になってしまいました。
【白根山の爆発】
どんなに暴れたかというと、江戸時代以降、記録に残るものでも
1649年(慶安2)の山頂噴火、1872年(明治5)の噴火、
1873年(明治6)の噴火。また1889年(明治22)の旧火
口からの噴火、1952年(昭和27)の異常現象として、噴煙多
量、鳴動も起こっています。
▼日光白根山【データ】
★【所在地】
・栃木県日光市と群馬県片品村との境。JR日光線日光駅の西北
西24キロ。JR駅から日光駅からバス、湯元から歩いて4時間で
日光白根山。標高点(2578m)がある。
★【名山】
・「日本百名山」(深田久弥選定):第37番選定(日本二百名山、
日本三百名山にも含まれる)
・「新・花の百名山」(田中澄江選定・1995年):第28
番選定
★【位置】国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索
・標高点:北緯36度47分54.91秒、東経139度22分33.25秒
★【地図】
・2万5千分の1地形図「丸沼(日光)」or「男体山(日光)」
▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典9・栃木県』大野雅美ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日光山志』植田孟縉(もうしん・1757〜1843)著
江戸時代後
期(天保8・1837):国立国会図書館デジタルコレクション
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本三百名山』毎日新聞社編(毎日新聞社)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本百名山』(新潮文庫)深田久弥(新潮社)1979年(昭和54)
・『日本歴史地名大系・栃木県』(平凡社)1988年(昭和63)
・『名山の民俗史』高橋千劔破(河出書房新社)2009年(平成21)
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