伝説伝承の山旅通信【ひとり画っ展】とよだ 時

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1077号「山の花・フシグロセンノウ」

【略文】
樹林地帯の「草いきれ」の中に、あかい目立つ大きな花が咲いてい
ます。花弁の先端がわずかにへこんでいます。茎の節が太く、また
黒いところから,フシグロセンノウに違いありません。フシグロは
節が黒の意味。センノウとは同じナデシコ科の別の花で、京都の仙
翁寺(せんおうじ)で見つけた花にちなんでいるそうです。
・ナデシコ科センノウ属の多年草

【本文】
 山の中に咲くフシグロセンノウという花があります。山地の林の
下などで、赤い花でよく目立ちます。茎の節が太く黒っぽいので「フ
シグロ」。センノウは、京都にあった仙翁寺(せんのうじ)にちなん
だ植物らしい。


 このセンノウは、室町時代の1444年(文安1)に成立した国語
辞典『下学集』(かがくしゅう)という本に、「仙翁花」(せんのう
げ)と記載があるほどの古くから親しまれた園芸植物。しかしいま
はほとんど見られないと参考書にありました。


 これにちなんだセンノウ属。フシグロセンノウは、ナデシコ科セ
ンノウ属の多年草。日本の固有種で、「フシ」とも「オウサカソウ」
とも呼ばれます。フシとは節のことで、黒くて太い節からきたもの。
またオウサカソウは、広州(滋賀県)と城州(京都府)の境にある
逢坂(おうさか)峠に多くあるため、逢坂草と名づけられたそうで
す。


 本州から四国、九州にわたり、広く分布、山地の木の下、どちら
かというと日陰地の草の間によく生えています。草の高さは40〜
90センチくらい。葉は茎から2枚ずつ向きあってついており、先
端がとがった卵形またはだ円形。夏、枝分かれした茎の先に、まば
らに数個のあかい花をつけます。


 朱赤色で目立つ花は、径が5〜6センチと大きく、花弁は5個で
平らに開き、先端はほとんど切れ込みがなく、わずかにへこんでい
る程度。花弁のもとの部分には2個の小さい裂片があって、下方は
長い爪となっています。山歩きの好きな人なら「ああ、これか」と
思えるほどよく見ます。


 フシグロセンノウにも変種があって、八重咲き品種をザクロガン
ピ、白花品種をシロガネセンノウと呼んでいるそうです。こんな花
も地方に行くと昔はごく普通に咲いていたらしく、方言も多い。埼
玉県秩父市ではちょうどお盆のころ咲くのでボンバナ、茨城の県大
子町や、宮城県丸森町ではベニバナというそうです。


 また関東地方から中国地方あたりではゼンバナ、ゼンコバナ、オ
ゼンバナと呼ぶそうです。さらに、岡山県北部の八束村(やつかそ
ん)や湯原町ではドウドウといい、東端の西粟倉村(にしあわくら
そん)と、兵庫県の千種町(ちくさちょう)、波賀町(いまは宍粟
市波賀町)、一宮町(いまは宍粟市・しそうし)ではドウタテバナ
というそうです。


 昔のこどもたちはこれを使って草花遊びをしていたといいます。
フシグロセンノウの花4枚をバラバラにし、花びらの先をちょっと
なめて、2枚をつけあわせて貼ります。さらにそれに十字になるよ
うもう2枚貼ったものを重ねます。


 4つの軸を立てると小さな高足のお膳ができました。フシグロセ
ンノウの赤いきれいなお膳です。またこれを仏さまなどをまつるお
堂にみたてたのが、岡山県・兵庫県などの方言、ドウドウ・ドウタ
テバナ(堂建て花)なのだそうです(『野にあそぶ・自然の中の子
ども』)。


 ある年の9月、中央アルプス木曽駒ヶ岳に行ったことがありま
す。本峰から西へ少しはずれた麦草岳というピークがあるという
ので行ってみました。にぎやかな木曽駒山頂とくらべて訪れる人
もなくウソのように静かさです。


 春、雪解けが進むと、この山の西側斜面に大蛇の雪形があらわ
れ、農作業の暦としてふもとの上松町の風物詩になっているとい
います。山頂のハイマツの生えた傾斜地は、春になると緑がいっ
そう鮮やかさになるという。下界からみると、その緑がまるで麦
草が生えているようなので麦草岳というのだそうです。


 赤い屋根の祠のわきに寝転がり、しばらく流れる雲を眺めてか
ら、山ろくの木曽福島駅に向かって下りはじめました。しばらく
行き、沢を渡り林道に出るとキャンプ場があらわれました。「中日
キャンプ場」とあり、もうシーズンを終了しています。アレレ、
どこで道を間違えたか上松駅方面へ下ってしまいました。ま、仕
方ない、すでに夕方、どこかこのあたりの隅にでもテントを張ら
せてもらおう。


 ザックを道ばたに置いて、林道わきに建っている民家に行き、
事情を話して水を分けてもらいました。給水バッグを抱え、戻る
途中、いままで気がつかなかったフシグロセンノウが群生してい
るのに気がつきました。日の陰った道ばたにあかい花が印象的で
す。この花に会えたのが幸先の良さだったのか、翌日、偶然にも
駒ヶ岳神宮上松町里宮を見つけ、訪れることができました。これ
でまたひとつ、資料が整ったのでありました。


 ちなみにフシグロセンノウが属しているセンノウ属の仲間は、
日本には6種が自生しているといいます。フシグロセンノウの他に、
(1)センジュガンピ、(2)エゾセンノウ、(3)マツモトセンノ
ウ、(4)オグラセンノウ、(5)エンビセンノウの5種だそうです。


▼(1)センジュガンピ:花は白色。花弁は2つに裂け、その裂片
がさらに、浅く多くに裂ける様子を「千手」(せんじゅ)と呼んだ
ものではないかという。または栃木県日光の千手堂の近くに生えて
いたから、という説もある。茎の高さは40〜100センチ。葉は細
長く基部は丸い。日本固有種で、本州の中部地方以北に分布してい
る。


▼(2)エゾセンノウ:なぜか北海道と長野県に離れて分布。絶滅
が心配される絶滅危急種。花は直径3センチくらいで、花弁が中程
まで2つに裂けていて、さらに細かく浅く裂ける。


▼(3)マツモトセンノウ:一名マツモト。九州阿蘇の草原に生え
る。花が美しく江戸時代から庭園に植えられてきた。茎は節が太く、
毛があり、高さ30〜90センチ。茎とは葉は暗赤紫色をしている。
葉は対生で長卵形。夏、茎の先に径4センチくらいの深紅色の花を
平開する。花弁は5個、先端は2つに浅く裂けている。がくは円筒
形で上部に長い軟毛がある。長野県の松本とは関係がない。


▼(4)オグラセンノウ:中国地方や九州にまれに見られる。7〜
8月、茎の頂に数個の赤い美しい花を開く。花弁は5個、拡大部は
平開し、長さ1センチあまり。倒卵形でナデシコのように深く裂け
る。雄しべ10本。花柱は5本。大阪府と熊本県では絶滅したと見
られる。


▼(5)エンビセンノウ:別名エンビセン。花は8月ごろ咲き、直
径3センチくらい。花弁は濃い赤色。燕尾のように長く4つに裂け
る特徴がある。北海道日高地方、埼玉県、山梨県、長野県に分布。
個体数は少ない。青森県では絶滅したらしく、日本の「危急種」の
ひとつ。最近長野県で白花品のシロバナエンビセンノウが見つかっ
た。



▼【参考文献】
・『週刊朝日百科・世界の植物』76号(朝日新聞社)1977年(昭和52)
・『植物の世界7』(週刊朝日百科)(朝日新聞社)1995年(平成7)
・『日本の野草』(山と渓谷社)1983年(昭和58)
・『野にあそぶ・自然の中の子ども』齋藤たま(平凡社ライブラリ
ー)2000年(平成12)
・『牧野新日本植物図鑑』牧野富太郎(北隆館)1974年(昭和49)

 

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