山の伝承伝説に遊ぶ
山旅通信
【ひとり画ってん】とよだ 時

……………………………………

1054号山形県羽黒山のカッパ天狗?・水天狗円光坊

【略文】
山形県羽黒山には毛色の変わった怪人がいることになっています。
その名を水天狗円光坊というそうです。この天狗は、護符(御守札)
に火災水災除・厄難消滅とありますので、は水難除けの担当天狗な
のでしょうか。円光坊は口がとがった天狗です。髪を伸ばし後ろで
しばった総髪姿をしています。
・山形県鶴岡市羽黒

1054号山形県羽黒山のカッパ天狗?・水天狗円光坊

【本文】
 出羽三山といえば、山形県の羽黒山、月山、湯殿山のことで、
修験道など山岳信仰の道場として、多くの修験者・参拝者をいま
も集めているところです。ここは、祖先の霊魂・山の神・海の神
までが鎮まる山として、大昔から信仰を集めた日本屈指の修験道
の霊山です。

 この三山がまとまった信仰対象となったのは中世後期のことら
しいという。それより前は、湯殿山を奥ノ院として、「羽黒山・月
山・鳥海山」で三山とするか、「羽黒山・月山・葉山」を三山とす
るか論議があったという。

 この三山も和歌山県の熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、
熊野那智大社)を模してできたものらしく、もとは天台系修験者
が活躍していた地だったという。いまでは羽黒山修験本宗が独立。
またそれとは別に三山神社ほかの団結などで羽黒修験の根拠地に
なっているところだという。

 修験道といえば天狗が連想させられます。しかり、この山には
ここを開山した蜂子皇子、三光坊、清鏡荒神のほか、今回紹介す
る水天狗円光坊がいることになっています。円光坊は毛色の変わ
った怪人というか天狗です。まるでカッパの天狗なのです。

 この天狗は、羽黒山開運「七千日護摩行者長教」の護符(ごふ
・御守札)に影像があります。その護符には、もうひとりの天狗
羽黒山三光坊とならんで向かい合って立っています。円光坊と三
光坊のふたりは天狗のような姿をしていて、その下には火炎を中
心に、15匹のカラス天狗が囲んでいます。

 この護符には火災水災除・厄難消滅とありますので、水天狗円
光坊は水難除けの担当天狗なのでしょうか。円光坊は羽黒山に登
るため、舟で最上川を行き来する人々の安全を守護する天狗だと
いわれています。この舟便はかつては近畿地方、陸前、陸中など
日本海側からの羽黒山を信仰する人たちの大半を運んだといいま
す。

 円光坊は口がとがった天狗です。髪を伸ばし後ろでしばった総
髪姿。差した刀の柄を左手で握り、右手で頭の上までのびる金剛
(こんごう)杖をついて、白無垢の行者の姿で輪袈裟を掛け、沓
(くつ)をはいて岩に上に立っています。

 水天狗のすむ場所として、研究家は最上川の水の上か、川底か。
陸にすむとすれば陸羽西線清川駅から少し最上川上流の戸川にあ
る仙人堂周辺ではないかといっています。昔から羽黒山へ向かう
人や、羽黒修験の山伏たちは必ずこの仙人堂へ参拝してから登っ
たといいます。

 仙人堂は源義経の家来であった天狗・常陸坊海尊(ひたちぼう
かいそん)をまつる廟(びょう)と伝えられているところです。
仙人堂のあるあたりをかつては「山ノ内」と呼んだといいます。
要するにこのあたり一帯がすでに羽黒山の山内の登山口に当たっ
ていたのだろうということです。いずれにしても水天狗は全国唯
一の水の天狗であり水難守護の天狗神ではないかともされていま
す。

さて、霊山出羽三山詣でが盛んになったのは、江戸時代に入って
からで手向(とうげ)地区、大網地区、注連掛(しめかけ)地区、
肘折(ひじおり)地区、岩根沢地区、本道寺地区、大井沢地区の
7つもの登拝口がありました。羽黒山修験は一大勢力をもち、「武
家不入」の特権をもち、坊も衆徒の数も膨大になっていきました。

 しかし、明治維新の廃仏棄釈(はいぶつきしゃく)で一山は崩
壊してしまいました。ただ民俗的な三山信仰では、今日まで一貫
した信望を集め、東日本中心に、「三山講」の石碑や搖拝所として
の塚もよく見かけます。

 冬の期間は、積雪で三山のうち、月山と湯殿山への登山が困難
なため、羽黒山に三神合祭殿(山形県羽黒町手向)で行われてい
ます。出羽三山も昔は、ほかと同じように女人禁制でしたが、ど
ういうわけか羽黒山だけ女性の入山が許された山だったといいま
す。

 羽黒の名は、三山を開山したといわれる蜂子皇子(はちこのみ
こ)を誘導した3本足のカラスの黒い羽の色(羽が黒)に由来し
ているという。山頂には出羽神社(羽黒神社)があり、伊?波(い
では)神をまつっています。

 伊?波(いでは)の神は、倉稲魂(うがのみたま)命のことだ
ともされる穀物の神。羽黒山はそもそも、飛鳥時代第32代崇峻(す
しゅん)天皇の時代(在位587〜592)、聖徳太子が甲斐の黒駒に
乗って仏教繁盛の霊地を求めて全国を回っていました。たまたま
出羽国にかかったとき、紫雲たなびく山がそびえているのを見て、
「こここそ仏・菩薩の霊地なり」と訪ね確かめたところ、大杉の
根本に正観音の霊像がおわすのを見出しました。

 一方、そのころ崇峻(すしゅん)天皇の第3皇子に参弗梨(さ
んふつり・参払理とも)の大臣という皇子がいました。「この人は
御顔醜く、眦(まなじり)長く髪の中に入り、口は脇深く耳の根
をとおり、鼻は下がること一寸、面の長さ一尺」もの異相の持ち
主で、このためか春日(とうぐう)にも立たなかった…」(「出羽
国羽黒山建立の次第」)のだという。

 その「余りにも暴荒なる相なるによって、北海の浜辺に捨てら
れたと書く本もあります。捨てられた太子は仏門に入り、聖徳太
子を師として修行に励み、法名を弘海(こうかい)といっていま
した。やがて聖徳太子の教えに従い観音さまがあらわれた霊地に
向ったのでした。

 そして三本足のカラスの導きで、羽黒山の阿久谷というところ
に入り、そこで聖観音の霊像を感得したとされています。阿久谷
で修行した皇子は国司の腰痛を治したり、村人のさまざまな苦し
みを取り除きました。人々は喜び皇子を能除(のうじょ)太子(ま
たは能除仙)と呼んで感謝したという。

 そのころ、毎夜のように光る不思議な流木が酒田の港に浮いて
いたという。能除太子はその流木で、妙見大菩薩と軍荼利明王の
仏像を彫って、聖観音像とあわせて羽黒三所権現としてお寺にま
つりました。それから能除太子は月山を開き、また湯殿山を開い
たと伝えます(ただ、真言宗系の湯殿山4ヶ寺では、能除太子で
はなく弘法大師が開山したとしているという)。

 その後、役行者もここを訪れ、一山を中興したということにな
っています。ただ開山説はあくまで伝説の話らしい。一方、ここ
を根拠地とする羽黒修験は、はじめ天台系の本山派(熊野修験)
に属していたそうですが、のちに真言系の当山派(吉野修験)に
転じたという。そういういきさつから、やはりここを開山したの
は弘法大師にしたいところです。

 このようにして出羽三山は、その後多くの修験者たちによって
聖地として大発展していきます。いまでは史上初の女性行者も出
現しているとか。時代は変わりました。この山の行事として、大
みそかに行われる出羽三山神社の松例祭(しょうれいさい)は有
名です。

 松尾芭蕉は元禄2年(1689・江戸中期)に羽黒山から月山、湯
殿山に登っており、『おくのほそ道』に「…坊に帰れば、阿闍梨(あ
じゃり)の需(もとめ)に依(より)て、三山巡礼の句々短冊に
書(く)。涼しさやほの三か月の羽黒山。雲の峰幾つ崩て月の山。
語られぬ湯殿にぬらす袂(たもと)かな」などと記しています。



▼羽黒山【データ】
★【所在地】
・山形県鶴岡市羽黒(旧東田川郡羽黒町)。JR羽越本線鶴岡駅の
東南東14キロ。JR羽越本線鶴岡駅からバス、羽黒山停留所下車。
写真測量による標高点(414m)がある。
★【位置】
・標高点:北緯38度42分8.91秒、東経139度58分57.75秒
★【地図】
・2万5千分1地形図名:「羽黒山(酒田)」



▼【参考文献】
・『おくのほそ道』(岩波文庫)荻原恭男(岩波書店)1993年(平
成5)
・『角川日本地名大辞典6・山形県』誉田慶恩ほか編(角川書店)
1981年(昭和56)
・『古代山岳信仰遺跡の研究』大和久震平著(名著出版)1990年(平
成2
・『山岳宗教史研究叢書5・出羽三山と東北修験の研究』戸川安章
(とがわあんしょう)編(名著出版)1975年(昭和50)
・『山岳宗教史研究叢書7』月光善弘編 (名著出版)1977年(昭和
52)
・『山岳宗教史研究叢書16』五記重編 (名著出版)1981年(昭和56)
・『山岳宗教史研究叢書17』五来重編(名著出版)1983年(昭和58)
・『山岳霊場御利益旅』久保田展弘著(小学館)1996年(平成8)
・『修験道辞典』宮家準(東京堂出版)1991年(平成3)
・『修験道の本』(学研)1993年(平成5)
・『修験の山々』柞(たら)木田龍善(法蔵館)1980年(昭和55)
・『神社辞典』白井永治ほか編(東京堂出版)1986年(昭和61)
・『図聚天狗列伝・東日本』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭和52)
・『世界大百科事典21』(平凡社)1972年(昭和47)
・『仙人の研究』知切光歳著(大陸書房)1989年(昭和64・平成
1)
・『東北の山岳信仰』岩崎敏夫(岩崎美術社)1996年(平成8)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本歴史地名大系6・山形県の地名』(平凡社)1990年(平成2)
・『名山の日本史』高橋千劔破(河出書房新社)2004年(平成16)

 

……………………………………

 

【とよだ 時】 山と田園風物漫画文
……………………………………
 (主に画文著作で活動)
【ゆ-もぁ-と】事務所
山旅はがき画の会

山旅通信【ひとり画っ展】題名一覧へ戻る
………………………………………………………………………………………………
「峠と花と地蔵さんと…」トップページ【戻る】