山の伝承伝説に遊ぶ
山旅通信
【ひとり画ってん】とよだ 時

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1047号「奈良吉野山・都藍尼」

【略文】
都藍尼は字のとおり女性の仙人・女仙です。大和(奈良県)の人で
吉野の山ろくに住み仏法を修行し、幾百年とも分からないほど長く
生きているという。平安後期に著された、『本朝神仙伝』(大江匡房)
には9番目の仙人に記載されています。

1047号「奈良吉野山・都藍尼」

【本文】
 都藍尼(とらんに)は字のとおり女性の仙人・女仙です。大和(奈
良県)の人で吉野の山ろくに住み仏法を修行し、幾百年とも分から
ないほど長生きしているという。吉野金峰山(きんぷせん)は昔か
ら女人禁制で、いまでも修行道がつづく、大峰山山上ヶ岳周辺には
女人結界門があります。

 都藍尼にとってはこの女人禁制どうも不満です。そこである日、
都藍尼は思い切って禁を犯し金峰山に登りはじめました。するとた
ちまち雷や稲妻が荒れ狂い、道にも迷いあわてて持っていた杖を捨
てたところ、杖がひとりでに大地に植わって大きな木になったとい
う。

 都藍尼が踏んだ大岩は、次々に崩れて裂けてしまい、陥没したと
ころが池になってしまいました。この杖が木になったところと、踏
み外した大岩の池の2ヶ所はいまでもあるという。その後、都藍尼
は「その終わるところを知らざりけり」と解説書にあります。

 なお、都藍尼は立山や白山、高野山にも似たような登山伝説があ
るそうです。平安後期に著された、日本の37人の仙人を選び出し
た『本朝神仙伝』(大江匡房)には9番目に記載されています。ち
ょっと重複しますが、以下はその全文です(本文は漢文)。川口久
雄校注、朝日新聞社刊から引用。

 「都藍尼は、大和国の人なり。仏法を行ひて、長生すること得た
り。幾百年といふことを知らず。吉野山の麓に住みて、日夜精勤せ
り。金峰山に攀(よ)じ上らむとことを欲(ほ)つすれども、雷電
霹靂(へきれき)して、遂に到ることを得ず。

 此の山、黄金をもちて地に敷きたるは、慈尊の出世を待たむがた
めに、金剛蔵王これを守(まぼ)りたまへるなり。兼ねて戒の地は、
女人を通はしめざるがための故なり。持てりし杖は変じて樹木とな
り拘(かか)まれりし地(ところ)、陥(おちい)りて水泉となれ
り。爪の跡、猶し存するなり」とあります。

 一方、鎌倉時代の臨済宗のお坊さん、虎関師錬という人が著した
歴史書に『元亨釈書』(げんこうしゃくしょ)という本があります。
元亨3年(1322)に朝廷に上程したので「元亨」の名があるのそう
です。

 それには、「我レ女身トイエドモ、淨戒霊威(清浄で正しい戒)、
豈(あに)凡婦の比ナランヤト、乃(すなわ)チ金峰ニ登ルヤ、忽
チ雷電晦瞑(かいめい・あたりが暗くなる)、迷イテ路ヲ知ラズ。
所持スル所ノ杖ヲ棄ツ。其ノ杖自ラ殖(うわ)リテ大樹ト成ル。

 藍マタ龍ヲ呪シテ現ワシ、之ニ乗リテ山ニ昇リ、ワズカニ泉源ニ
到リテ進ム能ワズ、藍瞋(いか)リテ嵒巒(がんらん)ヲ踏ム。皆
尽(ことごとく)ク崩レ裂ク。其ノ龍ヲ養(か)ウ池、嵒下二在リ、
其ノ二跡(杖が大樹となったところと、踏み崩した大岩の下の池)
今ナオ存ス。世ニ言ウ。長生ノ道ヲ得テ、終ル所ヲ知ラズト」とな
っています。

 「この凄まじい神通ぶりから見て、都藍尼は女仙というより、女
神仙と見た方がふさわしい」と天狗仙人研究家の知切光歳氏は感嘆
しています。また異説に、女人禁制の禁を犯し、荒れ狂う中を強行
登山する都藍尼は、とうとう蔵王権現の怒りにふれてしまい、生き
ながら石になってしまったという。

 その場所は上記2書にも書かれている「杖が大樹となったところ」
と、「踏み崩した大岩の下の池」で、都藍尼が変身した石にはいま
も尼の爪跡が残っているという。


▼吉野青根ヶ峰(あおねがみね)【データ】
【所在地】
・奈良県吉野郡吉野町と同郡川上村、同郡黒滝村。近鉄吉野線吉
野駅の南東5キロ。近鉄吉野線吉野駅から2時間30分で青根ヶ峰。
三等三角点(857.9m)がある。そのほか付近に何もなし。地形図
上には山名と三角点とその標高のみ記載。三角点より西方向直線約
630mに金峰神社がある。
・【位置】
・三角点:北緯34度20分29.0623秒、東経135度53分16.5479秒
・【地図】
・2万5千分の1地形図「新子(和歌山)」


▼【参考文献】
・『元亨釈書』(げんこうしゃくしょ)。鎌倉時代に漢文体で記した
歴史書。虎関師錬著(臨済宗)。国立国会図書館電子デジタルコレ
クション
・『仙人の研究』知切光歳著(大陸書房)1989年(昭和64・平成1)
・『日本架空伝承人名事典』大隅和雄ほか(平凡社)1992年(平成4)
『本朝神仙伝』大江匡房著(日本古典全書・古本説話集 川口久雄
・校注)(朝日新聞社)1971年(昭和46)

 

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【とよだ 時】 山と田園風物漫画文
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 (主に画文著作で活動)
【ゆ-もぁ-と】事務所
山のはがき画の会

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