山の伝承伝説に遊ぶ
山旅通信
【ひとり画ってん】とよだ 時

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1026号鞍馬山・魔王大僧正と僧正坊

【略文】
山の妖怪に天狗がいます。天狗といえばなんといっても鞍馬山です。鞍
馬山には魔王大僧正と僧正坊という2狗の天狗がいるという。両方とも僧
正の文字がつくので紛らわしいですが、「格」が違うのです。「鞍馬天狗」
でおなじみの天狗は鞍馬山僧正坊。魔王大僧正の方は、あまりにも大物
すぎ権現・菩薩として神仏に近いという。
・京都府京都市左京区。

1026号鞍馬山・魔王大僧正と僧正坊

【本文】
 山の妖怪に天狗がいます。天狗といえばなんといっても鞍馬山(569
m)です。ここには鞍馬山僧正坊(そうじょうぼう)と、鞍馬山魔王大僧正
(まおうだいそうじょう)という2狗の天狗がいるという。両方とも「僧正」の文
字がつくので紛らわしいですが、どうしてどうして前者と後者では、「格」が
違うのです。

 「鞍馬天狗」でおなじみの天狗は鞍馬山僧正坊の方。僧正坊は、日本
八天狗の第二位にあげられる天狗。室町中期にできた謡曲「鞍馬天狗」
ですっかり有名になり、鞍馬天狗といえば僧正坊を指すほどになってい
ます。

 しかしこの天狗は、牛若が僧正ヶ谷で剣術を習っていたことと、後者の
魔王大僧正の威厳とがごっちゃになって、さらに同じ「僧正」なのでどちら
の天狗か分かりづらく、多くの本で牛若に武術を教えたのは僧正坊だと
誤解されています。しかし鞍馬寺では牛若丸に剣術を教えたのは僧正
坊ではなく、魔王大僧正の方だといっているという。

 この「鞍馬天狗」の僧正坊の前身(天狗になる前の正体)は、弘法大師
の十大弟子のひとり、真如法親王(しんにょほうしんのう・平城天皇の第
三皇子の高岳親王のこと)の弟子で、優秀な壱演権僧正(いちえんごん
そうじょう)という人だといわれています。

 この僧は呪験が秀でており、皇太后や関白の奥方の病を祈り、法験で
なおしたという。そんなことから、僧のなかでも一飛びに権僧正になったと
いう人。しかし、平安前期・貞観9年(867)、何を思ったか、小舟に乗っ
てひとり沖に出たままついに帰らなかったという。人々は天狗になったの
に違いないと噂しあったとのことです。

 もう一方の親玉の超大天狗・鞍馬山魔王大僧正は、あまりにも大物す
ぎて天狗の枠からはみ出してしまい神仙以上の扱いを受け、権現または
菩薩としてあがめられているという。鞍馬山の本尊は多聞天(毘沙門天)
ですが、大僧正はその夜の姿だというから恐れ入ってしまいます。

 牛若丸が稽古した場所は、『義経記』(作者不詳の軍記物語・南北朝
時代から室町時代初期に成立)の巻一に、こんな風に書かれています。
鞍馬の奥に僧正ヶ谷というところがあって天狗の住処になっている。牛若
は夜になるとこっそりと出かけていき、草木を平家の一類に、大木を清盛
に見立て太刀を抜いて鍛錬していたとあります。

 ここ鞍馬の裏山の僧正ヶ谷が牛若丸が剣術の稽古をした所。その最
奥部には奥ノ院である魔王殿(堂)があって、天狗魔王大僧正がまつられ
ています。その奥ノ院・魔王殿(堂)には高札が建っていてこんなことが書
かれているという。

 「魔王大僧正は50万年前、天の星から降りてきて、仮に天狗の姿にな
って諸悪をくじき、人々を助け給ふ毘沙門天の化身である」というから、眉
につばをつけたくなります。そして先にも書いたとおり、「牛若丸が魔王大
僧正から、夜な夜な剣術を教わったのはこの場所で、堂の裏の岩場がそ
うである」とも立て札にあったとか。

 この天狗は、足利何代目かの将軍の注文で、日本画の狩野派二代目
・元信が創作した初めての鼻の高い山伏姿の天狗像のモデルです。そ
のいきさつは「鼻高天狗と飯縄天狗」(1009号)の項で述べましたが、ほ
かに狩野元信が鞍馬山のお堂にこもって夜通し祈っていた時、月の光を
受けて元信の姿が扉に映ったのを模写したという説があります。

 さらにこんな説もあります。元信の家にある人がやってきて天狗の絵を
注文しました。どんな絵にするか元信が迷っていると、その夜、夢に老人
があらわれ、天狗の形を伝授してくれたので、元信はそれを六尺(1.8
m)あまりの紙に写したというのです。

 鞍馬にはこのほか、八万騎とか十一万騎とかいわれるほどの天狗がい
るという。「鞍馬神名帳」というものには十狗の天狗名が載っており、これ
を名づけて「鞍馬十天狗神」と呼ぶそうです。それは霊山坊、帝金坊、多
聞坊、日輪坊、月輪坊、天実坊、静弁坊、道恵坊、蓮知坊、行珍坊の十
狗です。まさに天狗の山です。

▼鞍馬山【データ】
【所在地】
・京都府京都市左京区。叡山電鉄鞍馬駅の北部。叡山電鉄鞍馬駅から
鞍馬寺本殿から奥の院参道を経て1時間40分て鞍馬山山頂。写真測
量による標高点(584m)がある。
【位置】
・鞍馬山標高点584m:北緯35度7分25.82秒、東経135度46分
17.82秒
▼【地図】
・旧2万5千分1地形図名:大原

▼【参考文献】
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『図聚天狗列伝・西日本』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭和52)
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)
・日本古典文大系37『義経記』岡見政雄校注(岩波書店)1959年(昭和
34)
・『日本架空伝承人名事典』大隅和雄ほか(平凡社)1992年(平成4)

 

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