山の伝承伝説に遊ぶ
山旅通信
【ひとり画ってん】とよだ 時

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▼1013号茨城県愛宕山・悪態祭りと篤胤の碑

【略文】
茨城県筑波山地の北東部に連なる山々のひとつ愛宕山(岩間山)。
山頂の愛宕神社の裏の階段を登ったところにある飯綱神社の後ろ
に、青銅の六角堂があります。その奥に石の祠が13個ならんでい
ます。ここの例祭は参拝者が、白装束の集団に向けて悪口をいいあ
う悪態祭が有名なところで、日本三大奇祭のひとつ。
・茨城県笠間市。

(本文は下記にあります)

1013号「茨城県愛宕山・悪態祭りと篤胤の碑

【本文】

 茨城県笠間市JR岩間駅の西方に、山がわだかまっているのが目
立ちます。筑波山地の北東部に連なる山々です。駅方面から見る山
の上部は難台山(なんだいさん・553m)で、その前面の茂ったよ
うな小高い所が愛宕山です。293mと、まさに丘のような山ながら、
その歴史伝承は奥深いものがあります。

 山中に愛宕権現をまつっているので愛宕山と呼ばれ、かつては岩
間山ともいいました。女人禁制の山で、ふもとの泉地区に女性が宿
泊してお祈りするための女人堂もありました。駅方面から山々の上
部に見えた難台山は愛宕山の奥ノ院だったという。

 愛宕山山頂には、平安時代初めの大同元年(806年)徳一大師の
創建と伝えられている愛宕神社があり、火之迦具土命(ひのかぐつ
ちのみこと)を祭神としています。この神は火難・盗難除けの神と
して知られ、日本三大火防神社のひとつといわれています。

 本殿愛宕神社の裏の階段を登ったところに、天狗をまつる奥ノ院
の飯縄神社があります。そこには「夏来ても只一つ葉のひとつかな」
と書かれた芭蕉の句碑もあります。

 この飯綱神社の例祭・悪態祭(あくていまち)は有名で、12月
(旧暦11月14日)に、周辺の村々から参拝者が集まり、焚き火を
囲みながら、明け方まで悪口をいい合います。日本三大奇祭のひと
つになっているという。

 祭りは、「無言の行」を積みながら、山中にある18もの祠に、供
物を捧げて歩く白装束の集団(十三天狗)に向けて、参拝者が罵声
を浴びせます。そして捧げられた供物を奪い合うのを、天狗が青竹
で反撃します。

 人々は天狗たちの隙をみて、供物を取りうまく手にした者には一
年の幸福が訪れるというからおおらかな行事です。または、悪口で
相手を言い負かすと幸運が訪れるともいうユニークさ。

 この祭りの由来は不明ながら、いい伝えとして「江戸時代の中期、
施政者が村人の政治の不満を聞くためにはじめた」という、土浦藩
(土屋氏)の徳政を伝える口碑があります。その他の説として、も
ともとは怨霊や疫病を払う「悪退」の祭りであったという考察(世
界大百科事典では「悪退祭」と表記している)や、修験道の影響か
ら女人禁制になるまでは、?歌(かがい・男女の出会いの行事)の
一種だったなどともいわれます。

 戦前までは女人禁制の祭りだったそうで、天狗役は愛宕山麓の五
霊地区の成人男子から選ばれていて、かつてはなんとも殺伐とした
祭りであったという。過激な参拝者たちによって事故が起き、祭礼
が中断していた時期もあったそうです。

 お祭りが復活したのは2000年代になってからというからまだ最
近のことらしい。観光行事として参拝客や観光客も増えつつあり、
暴力的な罵声や、反撃はしなくなり、女性だけが供物の奪い合える
祠をつくったり、みんなが参加できる祭り目指しています。

 さて、本殿愛宕神社の裏の階段を登ったところにある飯綱神社の
後ろに天狗の本拠地青銅の六角堂があります。神輿(みこし)の形を
した屋根のてっぺんには、瑞鳥(ずいちょう)がはばたいていて、堂
扉には菊の紋章も金色に輝いています。その奥に「十三天狗」の石
の祠がならんでいます。ここが悪退(態)祭を主宰する十三天狗の棲
み処だという。

 江戸時代、国学者の平田篤胤が岩間山こと愛宕山で天狗の修業に
励んでいた15歳の少年、「天狗小僧寅吉」のことを耳にしました。
すぐ寅吉を自宅に引き取り、天狗霊界の岩間山と、天狗の生活など
を詳細に聞きとり、書き写しました。

 文政6年(1863)に『仙境異聞』(せんきょういぶん)という本を出
版したところ、江戸中の評判になりました。また天狗の修行で、寅
吉の占いが当たることもあって大評判。当地の岩間山が話題になり、
学者・文化人・江戸中の人々の関心を集め、岩間山は大いにぎわっ
たという。

 いま、山頂付近には、あたご天狗の森があり、大駐車場のほか
スカイロッジやフォレストハウス、公衆トイレ、太平洋まで一望で
きる展望デッキなどが整備されており、四季を通して多くの方々が
訪れています。

 駐車場から少し下った階段わきには2001(平成13)年に書家飯
野白廷(小八郎)氏の揮毫による平田篤胤の歌碑があります。それ
には、「寅吉にはなむけと詠(よ)みたる歌と其の端言(はしこと
ば)は左に挙ぐるがごとし。仙童寅吉が山人の道を修行に山に入る
に詠みておくる」と題し、以下のような5首が刻まれています。

 「寅吉が山にし入らば幽世(かくりよ)の知らえぬ道を誰にか問
はむ」、「いく度も千里の山よありかよひ言(こと)をしへてよ寅吉
の子や」、「神習ふわが万齢(よろづよ)を祈りたべと山人たちに言
伝(ことづて)をせよ」、「万齢を祈り給はむ礼代(いやしろ)は我
が身のほどに月ごとにせむ」の5首と、「神の道に惜しくこそあれ
然(さ)もなくばさしも命のをしけくもなし。かく記しよみ聞かせ
てぞ与へたりける」との文字が刻まれてあります。

 ある年の6月、息子と一緒に愛宕山を訪れました。直下にある大
きな駐車場、鳥居の下から愛宕神社へ。真っ赤な天狗の面がにらん
でいます。裏へ回ると飯綱神社。長野県飯縄山にある神社の系列で、
飯縄系の天狗三郎のいる山です。

 愛宕神社の鼻の高い天狗と、くちばしのある荼吉尼天姿の飯縄系
天狗が、こんな近くにまつられているなんてビックリです。飯綱神
社の裏の階段を登るとあらわれた13個ならんだ石祠。これがこの
山の名物十三天狗をまつる祠だという。

 帰り、平田篤胤の歌碑へ。写真を撮るにも石の歌碑がストロボで
ひかってしまいます。仕方なく、いちいち歌詞を手帳へ書き写しま
す。それにしてもこの暑さはどうだ。フラフラになりながら何とか
イラストのような文句をかき取りました。

▼愛宕山(岩間山)【データ】
【所在地】
・茨城県笠間市。JR常磐線岩間駅の西東2キロ。JR常磐線岩
間駅から歩いて1時間で愛宕山。306m(等高線)。写真測量によ
る標高点(293m)。三角点は四等三角点(257.6m)(奥宮のある
ところがこの山の一番高い場所で、かつてはこのあたりに三角点が
あったようですが、現在の三角点は愛宕神社の北東側257.78m地
点に設置されているようです)。
【位置】
・等高線306m:北緯36度17分31.28秒、東経140度15分15.84秒
・標高点293m:北緯36度17分31.32秒、東経140度15分15.84秒
・四等三角点257.6m:北緯36度17分34.1022秒、東経140度15分23.
5503秒
【三角点】
・基準点名:愛宕山
【地図】
・2万5千分1地形図名:岩間

▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典8・茨城県』竹内理三(角川書店)1991年
(平成3)
・『図聚天狗列伝・東日本』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭和52)
・『仙境異聞・勝五郎再生記聞』平田篤胤著・子安宣邦校注(岩波
書店)2018年(平成30)
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本大百科全書1』(小学館)1984年(昭和59)

 

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【とよだ 時】 山と田園風物漫画
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 (主に画文著作で活動)
【ゆ-もぁ-と】事務所
山のはがき画の会

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