山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅通信【ひとり画展】とよだ 時

▼068号「奥秩父・瑞牆山の月」

瑞牆山と書いて「みずがき山」。1月。下山で遅れる外人さん。段
差ごとに待ち時間をもてあます。真っ正面に金峰山の五丈岩。その
わきに雪をかぶる富士山。アマドリ沢ではもう4時をまわった。帰
りの電車、あれだけ眺めた五丈岩と富士山は脳裏からなかなか消え
なかった。

▼068号「奥秩父・瑞牆山の月」

【本文】

奥秩父の岩峰瑞牆山は、全山寄岩怪石のよりあつまりのような山で
す。瑞牆山と書いて「みずがき山」と読ませます。みずがきとは神
社のまわりの垣根のことで信仰に関した意味だとか、山稜が三つに
分かれる所を三繋(つな)ぎといいますが、そのミツナギが「ミズ
ガキ」に転訛したのだという説があります。

また近くの金峰山を玉塁(たまがき)と書いた古い地図があり、ふ
もとの須玉町小尾、比志の里人は金峰山の山ろくを瑞塁(みずがき)
と呼んでいることもあって、瑞牆山の名はそこからきたのだともい
われているそうです。

一方、アマドリ沢上流の岩壁には、弘法大師のものだとする文字と、
古代文字だとする2つの文字が彫ってあるそうです。大正から昭和
初期の登山家の大島亮吉も1926年(大正15)7月発行の雑誌『山岳』
に寄せた一文「瑞牆山・小倉山」に、「瑞牆山名所として弘法大師
文字および古代文字なるものあり。ともにアマドリ沢の上流に在り
て、大いなる岩壁に刻せる文字なり。

古くより「ヤマシ」(山師?)の間に知られたるものなりと言うも、
近時山麓増富村青年団の道を開き、道標を打ちてその名所の喧伝に
努めおれり。同文字は2ヶ所にありて弘法大師が遊びに来て刻めり
と伝うるものはアマドリザワ左岸の金峰山図幅にはなき小岩峰に二
字二行に刻まれたものなりというも小生は訪ねんとして道を発見し
得ざりしため訪わず。

ただ古代文字と称せらるるものを訪いたり。同地点は金峰山図幅瑞
牆山頂二二三〇・二米より正西に五峰の岩峰連続せる内最西より第
2番目の岩峰の西側の壮大なる岩壁面にあるものにて同地点まで微
かなる道あり。文字は約一丈程の長さにて、平均二尺四方程の大き
さの文字五六字を花崗岩に刻めり。風化してほとんど字形を止めず。

…同岩壁の上方殆ど垂直にして十数丈程高き岩壁に縦に細長き長正
方形の岩窟らしきものありて、同地点までの岩登りは余程困難なれ
ども、かつて岩茸採りが好奇心に駆られて登りみたるに同岩窟内に
剣一振り奉納しありたりと聞きたるをもってこれと考えあわせて、
古く修験者の同岩窟に修行して、その際にても刻みたるには非ずや
と判断して、同古代文字のやはり人工のものならんと小生も信じた
る次第なり」と書いています。

弘法大師文字といわれるものは、洞ヶ岩の洞くつの奧に彫られている大
日如来不動明王の梵字のことだそうで、洞くつ内には修行したあとも残っ
ているらしいという。

なぜ瑞牆山に弘法大師かというと、平安初期、弘法大師がここを開山
したという伝説があります。弘法大師空海は、霊場をもとめて全国をめぐ
っていましたが、ここにやってきてふさわしい場所として落ち着き、修行し
たというのです。

しかし、このあたりには霊場をつくるに必要な「八百八谷」がないことが分
かりあきらめたと伝えています。その後、大師は条件に合う場所を探しな
がら、はるばる和歌山県まで行き、やっと高野山をみつけたという。まかり
間違えば、ここが「高野山」だったかも知れないわけですね。

1月も15日。快晴のなか登山口瑞牆山荘を出発。途中、同行の外
人さんが遅れはじめます。山頂からは真っ正面に金峰山の五丈岩。
そのわきに富士山が雪をかぶって迎えてくれています。

充分に展望を楽しんだあと下山にかかります。ますます遅れる外人
さん。下りの段差ごとに一休みするありさま。いつの間にか小生が
付添人状態になっています。一歩前に踏み出すまでの待ち時間をも
てあまします。

先行隊はもう小屋につくころ。アマドリ沢ではもう4時をまわって
しまった。冬空に月も出てきてしまいました。ヘッドランプを頼り
にやっとついた林道終点、暗闇の中山小屋の車が迎えに来ていてく
れました。帰りの電車中、あれだけ眺めた五丈岩と富士山は脳裏か
らなかなか消えませんでした。

▼瑞牆山
【所在地】
・山梨県北杜市須玉町(旧北巨摩郡須玉町)。中央本線韮崎駅の北
東24キロ。中央本線韮崎駅からバスで増富温泉、歩いて5時間30分
で瑞牆山。三等三角点(停止【亡失】)と写真測量による標高点(2
230m)がある。地形図に山名瑞牆(みずがき)山と標高点の標高
の記載あり。

【位置】
・標高点:北緯35度53分36.41秒、東経138度35分31.55秒
・三角点:北緯35度53分36.45秒、東経138度35分31.55秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「瑞牆山(甲府)」

【参考文献】
・『甲州の伝説』(日本の伝説10)土橋里木・土橋治重(角川書店)
1976年(昭和51)
・「角川日本地名大辞典・山梨県」(角川書店)1991年(平成3)
・「日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)
・「日本山岳風土記・3」田部重治、辻村太郎監修(宝文館)1960
(昭35)
・「日本歴史地名大系19・山梨県の地名」(平凡社)1995年(平成7)
・「瑞牆山・小倉山」大島亮吉:「日本山岳風土記・3」田部重治、
辻村太郎監修(宝文館)1960(昭35)所収

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山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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