【全国の山・天狗のはなし】  

▼42:京都府の山

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▼01:鞍馬本尊魔王大僧正

【略文】

山の妖怪に天狗がいます。天狗といえばなんといっても鞍

馬山です。鞍馬山には魔王大僧正と僧正坊という2狗の天

狗がいるという。両方とも僧正の文字がつくので紛らわし

いですが、「格」が違うのです。「鞍馬天狗」でおなじみの

天狗は鞍馬山僧正坊。魔王大僧正の方は、あまりにも大物

すぎ権現・菩薩として神仏に近いという。

・京都府京都市左京区。

【本文】

 山の妖怪には天狗がいます。天狗といえばなんといって

も鞍馬山(569m)です。ここには鞍馬山僧正坊(そうじ

ょうぼう)と、鞍馬山魔王大僧正(まおうだいそうじょう)

という2狗の天狗がいるという。両方とも「僧正」の文字

がつくので紛らわしいですが、どうしてどうして前者と後

者では、「格」が違うのです。



 「鞍馬天狗」でおなじみの天狗は鞍馬山僧正坊の方。僧

正坊は、日本八天狗の第二位にあげられる天狗。室町中期

にできた謡曲「鞍馬天狗」ですっかり有名になり、鞍馬天

狗といえば僧正坊を指すほどになっています。しかしこの

天狗は、牛若が僧正ヶ谷で剣術を習っていたことと、後者

の魔王大僧正の威厳とがごっちゃになって、さらに同じ「僧

正」なのでどちらの天狗か分かりづらく、多くの本で牛若

に武術を教えたのは僧正坊だと誤解されています。



 しかし鞍馬寺では牛若丸に剣術を教えたのは僧正坊では

なく、魔王大僧正の方だといっているという。この「鞍馬

天狗」の僧正坊の前身(天狗になる前の正体)は、弘法大

師の十大弟子のひとり、真如法親王(しんにょほうしんの

う・平城天皇の第三皇子の高岳親王のこと)の弟子で、優

秀な壱演権僧正(いちえんごんそうじょう)という人だと

いわれています。



 この僧は呪験に秀でており、皇太后や関白の奥方の病を

祈り、法験でなおしたという。そんなことから、僧のなか

でも一飛びに権僧正になったという人。



 しかし、平安前期・貞観9年(867)、何を思ったか、小

舟に乗ってひとり沖に出たままついに帰らなかったとい

う。人々は天狗になったのに違いないと噂しあったとのこ

とです。



 もう一方の親玉の超大天狗・鞍馬山魔王大僧正は、あま

りにも大物すぎて天狗の枠からはみ出してしまい神仙以上

の扱いを受け、権現または菩薩としてあがめられていると

いう。



 鞍馬山の本尊は多聞天(毘沙門天)ですが、大僧正はそ

の夜の姿だというから恐れ入ってしまいます。牛若丸が稽

古した場所は、『義経記』(作者不詳の軍記物語・南北朝時

代から室町時代初期に成立)の巻一に、こんな風に書かれ

ています。



 鞍馬の奥に僧正ヶ谷というところがあって天狗の住処に

なっている。牛若は夜になるとこっそりと出かけていき、

草木を平家の一類に、大木を清盛に見立て太刀を抜いて鍛

錬していたとあります。



 ここ鞍馬の裏山の僧正ヶ谷が牛若丸が剣術の稽古をした

所。その最奥部には奥ノ院である魔王殿(堂)があって、

天狗魔王大僧正がまつられています。



 その奥ノ院・魔王殿(堂)には高札が建っていてこんな

ことが書かれているという。「魔王大僧正は50万年前、天

の星から降りてきて、仮に天狗の姿になって諸悪をくじき、

人々を助け給ふ毘沙門天の化身である」というから、眉に

つばをつけたくなります。



 そして先にも書いたとおり、「牛若丸が魔王大僧正から、

夜な夜な剣術を教わったのはこの場所で、堂の裏の岩場が

そうである」とも立て札にあったとか。



 この天狗は、足利何代目かの将軍の注文で、日本画の狩

野派二代目・元信が創作した初めての鼻の高い山伏姿の天

狗像のモデルです。



 そのいきさつは「鼻高天狗と飯縄天狗」の項で述べまし

たが、ほかに狩野元信が鞍馬山のお堂にこもって夜通し祈

っていた時、月の光を受けて元信の姿が扉に映ったのを模

写したという説があります。



 さらにこんな説もあります。元信の家にある人がやって

きて天狗の絵を注文しました。どんな絵にするか元信が迷

っていると、その夜、夢に老人があらわれ、天狗の形を伝

授してくれたので、元信はそれを六尺(1.8m)あまりの

紙に写したというのです。



 鞍馬にはこのほか、八万騎とか十一万騎とかいわれるほ

どの天狗がいるという。「鞍馬神名帳」というものには十

狗の天狗名が載っており、これを名づけて「鞍馬十天狗神」

と呼ぶそうです。それは霊山坊、帝金坊、多聞坊、日輪坊、

月輪坊、天実坊、静弁坊、道恵坊、蓮知坊、行珍坊の十狗

です。まさに天狗の山です。



●鞍馬山【データ】

▼【所在地】

京都府京都市左京区。叡山電鉄鞍馬駅の北部。叡山電鉄鞍

馬駅から鞍馬寺本殿から奥の院参道を経て1時間40分て鞍

馬山山頂。


▼【位置】

・標高点:北緯35度7分25.82秒、東経135度46分17.82秒


▼【地図】

・2万5千分1地形図名:大原


▼【参考文献】

・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年

(平成17)

・『図聚天狗列伝・西日本』知切光歳著(三樹書房)1977

年(昭和52)

・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)

・『義経記』(作者不詳の軍記物語)巻第一(牛若貴船詣の

事):(日本古典文大系37『義経記』岡見政雄校注(岩波書

店)1959年(昭和34)

・『日本架空伝承人名事典』大隅和雄ほか(平凡社)1992

年(平成4)

 

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