【全国の山・天狗のはなし】  

▼32:静岡県の山

▼01:富士山・富士太郎坊天狗

【略文】
富士山の天狗太郎坊は、南西側(静岡県側)からの登山道の最後の
集落、元村山集落(富士宮市・三合目あたり)の村山浅間神社に
「太郎坊権現像」(高鉢権現像)があり、同神社の宝物になってい
ます。それは白狐に乗ったカラス天狗の姿(飯綱系天狗)をしてお
り、「陀羅尼坊」とも呼ばれています。

▼01:富士山:富士太郎坊天狗

【本文】
 富士山は「日本一の山」。大昔から人々の憧れであり、歌に唄わ
れ、短歌に詠まれてきました。また富士山と聞いて知らない人はい
なせんし、日本人なら一度は登りたいと思う山です。さらにこの山
は、見たこともない人でも絵に描ける不思議な山でもあります。

 そして富士山は、いにしえから神の山とされ、この山中では不思
議なことがよく起こることは昔の本にもよく出てきます。たとえば
江戸時代後期に書かれた『駿国雑志』阿部正信著にはこんなことが
書かれています。

 「天狗礫石(れきせき) 富士郡富士山にあり、(……中略……)、
近世諸国より登山すること多し、同行の内に不浄の人あれば山俄(に
わか)に荒(れ)出(し)雲(が)起こり……」とつづきます。

 つまり、「近ごろ各地から盛んに登山する人々が多いが、その一
行の中に汚(けが)れた人がいれば、山はすぐ荒れだす。雲が湧
き、風が吹きだし、山が振動したりする。またそんなときは山の
神の祟(たた)りで、どこからともなく焼石(溶岩)の混じった
礫(つぶて)が飛んでくる。これを「天狗礫・てんぐつぶて」と
いう」。

 「こんな時は先達(せんだつ)が「近江々々」と叫ぶ。すると
たちまち山が鎮(しず)まるのである。これには次のような理由が
ある。昔、近江国(おうみ・滋賀県)で、一夜の内に地面が陥没し
て、へこんだところが琵琶湖になった。その反動で地面が隆起して、
いまのところに富士山が盛り上がったという言い伝えがある。つま
り富士山は近江国の琵琶湖を掘った土なのだ」というのです。

 そのため、近江出身の登山者には祟りはないのですが、ほかの地
方の者が登る時には、様々な行(ぎょう)を収めてから登らなけれ
ばならないのだそうです。登山中に休憩するのも注意がいるといい
ます。「……また山に一石あり」ここに出てくるこの一つの石は、
一休みするのにちょうどいい石らしいのですが、一般の登山者が腰
掛けるとたちまち腰痛になってしまうといいます。しかし近江出身
の登山者が座って休んでもただの石だというのです。

 そもそも富士山の天狗が、はじめて記録文に書かれたのは室町時
代だそうです。山梨県河口湖小立集落(※いまの富士河口湖町小立)
にある妙法寺の住職の文書に「ある日大原集落に天狗どもが集ま
って、鬨(とき)の声を上げたような、大音が三回も響き渡った」
とあるのがそれだそうです。

 富士山の天狗は、静岡県側にすむ「富士山太郎坊」と、山梨県側
にいる「小御獄正真坊」の2狗がいることになっています。ここで
は静岡県側「富士山太郎坊」のはなしになっています。「小御獄正
真坊」については次の項をご覧下さい。

 南西側(静岡県側)の天狗、富士山太郎坊は、富士宮市にある富
士本宮浅間大社から山頂への登山道で、最後にあたる集落、元村山
集落(三合目あたり)にすむといいます。この集落には「村山浅間
神社」があり、「太郎坊権現像」(高鉢権現像)が神社の宝物になっ
ています。

 それは白狐に乗ったカラス天狗の姿(飯綱系天狗)をしており、
「陀羅尼坊」とも呼ばれています。「太郎坊権現」は、もとは富士
山表口登山道の途中の高鉢山(1649m)にまつられていたそうで
す。このピークはすぐ上を、富士宮口新五合目からつづく富士山ス
カイラインが通っています。

 この「陀羅尼坊」というのはずいぶん修験くさい名前です。こ
れはたぶん、村山浅間社の経営管理を行っていた寺(別当寺)だ
った大鏡坊、池西坊、辻之坊あたりの修験行者たちがいい出した
らしいです。それなら神仏分離(明治初期)以前といっても、神
仏習合時代も大分後になってから呼ばれはじめたようだと研究者
はいっています。

 この太郎坊の名は、地名にもなっていて、東ろくの御殿場口新五
合目に太郎坊(バス停や英国旅客機遭難者慰霊碑がある)がありま
す。ここにも太郎坊権現の社堂があったそうです。

 こんな太郎坊ですが、富士講や富士詣でなど富士山への信仰が盛
んだった江戸時代には、超有名だったにもかかわらず、すっかりお
となしくなり、いまでは残念ながらその痕跡もなくなってしまいま
した。

 ところで天狗に団扇(うちわ)は欠かせません。天狗の団扇につ
いてこんな話があります。冨士本宮浅間大社(富士宮市)の宮司
である富士家は代々、「十一葉の棕梠(しゅろ・ 棕櫚)葉紋」の
家紋を使っています。「十一葉の棕梠」は、11枚のシュロの葉を立
たせて描いた家紋デザイン。これは日本では「神霊の憑代」(より
しろ・依代)としての文様とされています。

 『日本紋章学』という大正時代の本には、「今、駿河浅間神社は、
神紋としてこの紋を用ゐ、称して羽団扇といへり。又、静岡浅間
神社の古鑑に、この紋章を居(す)へたるものあり。社伝はこれ
を羽団扇と稱せり。然れども、その形状を見るに棕櫚紋なれば、
慥(たし)かに社伝の誤れることを知るべし。俗間(ぞっかん・
俗世間では)羽団扇を以て、妖怪天狗の用いるものとす。うんぬ
ん」。とあります。

 鳥の羽根と棕櫚の葉では、見た目でも明らかに違います。しか
し羽団扇でもシュロの葉の団扇でもよく似ていて、一般にはよく
わからず混用しているのが現状です。天狗で有名な山、京都の愛
宕山・静岡の秋葉山・神奈川箱根の道了尊などのお寺でも幕紋に、
だいたい十一葉または十三葉の羽団扇を掲げています。また富士
浅間神社側でも昔から、羽団扇と称して神紋であると同時に、天
狗の羽団扇を象徴させて神紋に擬しているのであります(『図聚天
狗列伝』)。


▼【参考文献】
・『修験道の本』(学研)1993年(平成5)
・『図聚天狗列伝・西日本』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭和52)
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)
・『日本紋章学』沼田頼輔(東京明治書院)1926年(大正15)
・『富士山を知る事典』渡邉定元ほか(日外アソシエーツ)2012年
(平成24)
・『富士山よもやま話』遠藤秀男(静岡新聞社)1989年(平成元)
・シリーズ山と民俗10『山ことばと炉端話』山村民俗の会(エン
タープライズ株式会社)1991年(平成3)

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【とよだ 時】 山と田園風物漫画
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 (主に画文著作で活動)
【ゆ-もぁ-と】制作処
山のはがき画の会

 

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