【全国の山・天狗のはなし】  

▼30:長野県の山

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▼09:八ヶ岳赤岳・大天狗小天狗

【略文】
富士山と八ヶ岳との背比べの話。こんな類話もあります。競争の途
中で八ヶ岳の頭が折れてしまいました。口惜しがる八ヶ岳。そこへ
京都鞍馬山から天狗がやってきていたく同情。小天狗に赤岳に社を
建てさせ、折れた頭を山腹に鎮座、美しの森としました。大天狗・
小天狗たちは岩になって赤岳近くで見守っているという。
・長野県の諏訪地域と佐久地域と山梨県との境。

▼09:八ヶ岳赤岳・大天狗小天狗

【本文】
 八ヶ岳は、標高2000m以上の山々が、南端の編笠山から北端の蓼
科山まで25キロにおよぶ連山(『山梨県の地名』)。かつては、八ヶ
岳といえば権現岳を中心とした地域で、「八ヶ岳大神」、「赤岳大神」
と刻まれた別々の石塔があるように信仰的側面ではいまの赤岳とは
独立した関係だったといいます。

 八ヶ岳の中心が赤岳へ移っていくのは明治末期ごろとされている
そうです。ご存じ赤岳は山肌が赤褐色をしているのがその名の由来。
その南、天狗尾根には大天狗、小天狗という奇岩峰もならんでいま
す。

 さて山梨県の甲府盆地からながめた時、南東にそびえる富士山、
それとは反対側の北西にある八ヶ岳。北西は死霊のおもむく地とも
されています。山の形も優れず、人々は昔からどうしても富士山に
対して八ヶ岳には、陰・負のイメージを持っていたようです。

 江戸後期の文献『甲斐叢記(かいそうき)』でも、富士山を美し
い「花開耶姫(このはなさくやひめ)」にたとえ、一方八ヶ岳は醜
い「磐長姫(いわながひめ)」にたとえています。八ヶ岳にも修験
がいたにもかかわらず、地方霊山の尊称も得られず、南麓一帯の信
仰圏にとどまっていたのはこんなことに原因があるのかも知れませ
ん。

 山の背比べ伝説もその一つです。富士山と八ヶ岳が高さ競べをし
た時、八ヶ岳から富士山へ樋(とい)をかけ、水を流したら富士山
の方へ流れました。負けた富士山はおこって八ヶ岳の頭を樋で打っ
たうえ、横腹を蹴り上げました。そのため八ヶ岳の峰はいくつにも
分かれてしまったという話が平安末期の(『伊呂波字類抄・いろは
じるいしょう』)にあります。

 これは結構知られた伝説ですが、こんな話も残っています。大昔、
あちこちの地面に音もなくしわが寄りはじめました。そしてしわは
見るみる盛り上がり、煙と火と泥が吹き出してどんどんと高くなっ
ていき、山が生まれました。こうして生まれた山々の中で、目立っ
て高いのが富士山と八ヶ岳でした。

 そのうち、どちらともなく背の高さを自慢し競争をはじめました。
先に生まれた八ヶ岳はさすがにどんどん高くなっていきました。富
士山も負けずに伸びています。八ヶ岳はこの辺で差をつけてやれと
ばかり、「グイ」と背伸びをしました。

 そのとたん、頭の方が3分の1ばかりポッキリと折れてしまいま
した。折れた八ヶ岳の頭からは新しくいくつもの頭が出てきました
が、高くはなりませんでした。八ヶ岳はくやしくて毎日泣いていま
した。8つの頭の両方の目、計16もの目から涙を滝のようにあふれ
出ています。

 この騒ぎを聞いて京都の鞍馬山から大天狗が飛んできました。事
情を聞いた天狗は八ヶ岳に同情しました。そして小天狗に申しつけ
て赤岳の頂上に社を建てたそうです。

 折れた八ヶ岳の頭は南東の山腹に丁重に鎮座させ、斎(いつき)
祭らしめたといいます。この森を斎(いつく)しの森と呼びました。
この森は、のちに美しの森というようになったそうです。

 一方、大天狗・小天狗たちは同情のあまり岩になり、赤岳の南で
大天狗・小天狗という2つの岩になっていまも見守っています(『日
本伝説大系5・南関東』)。

 そうか、八ヶ岳の天狗は京都鞍馬山系の天狗だったんだ。また富
士山からみて、甲斐駒ヶ岳と八ヶ岳とどちらが高いかを争ったとこ
ろ、甲斐駒の方が高かったため、甲斐駒の神が八ヶ岳をたたいたら
8つに分かれてしまったという伝説もあります。

 当時の神はねたんだり悔しがったりふてくされたり、人間くさく
て愉快です。それにしても民衆は、まわりの風景で壮大な想像をす
るものですね。



▼八ヶ岳【データ】
【所在地】
・長野県の諏訪地域と佐久地域と山梨県との境。
【地図】
・2万5千分の1地形図「八ヶ岳西部(甲府9)」
【参考文献】
・『伊呂波字類抄』(『色葉字類抄』いろはじるいしょう)(編者・橘
忠兼)平安末期・院政期成立の国語辞書
・『甲斐叢記(かいそうき)』(一名『甲斐名所図会』)》嘉永1年(1
848・江戸後期)
・『角川日本地名大辞典19・山梨県』磯貝正義ほか編(角川書店)1
984年(昭和59)
・『角川日本地名大辞典20・長野県』市川健夫ほか編(角川書店)1
990年(平成2)
・『信州の伝説』(日本の伝説3)浅川欽一ほか(角川書店)1976年
(昭和51)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本伝説大系5・南関東』(千葉・埼玉・東京・神奈川・山梨)
宮田登ほか(みずうみ書房)1986年(昭和61)
・『日本歴史地名大系20・長野県の地名』(平凡社)1979年(昭和54)
・『山の伝説』日本アルプス編(青木純二)(丁未出版)1930年(昭
和5)

 

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【とよだ 時】 山と田園風物漫画
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 (主に画文著作で活動)
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