【全国の山・天狗のはなし】  

▼30:長野県の山

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▼02:木曾御嶽山・三笠山刀利天坊

【略文】
9月、王滝口九合目避難小屋に一泊。剣ヶ峰からお鉢をめぐり、
賽ノ河原・摩利支天山へ登り、しばらく空を見ながら寝ころがり
ます。そして岐阜県側濁河温泉への降り口・飛騨頂上へ行ったと
き五ノ池小屋のうしろの岩で田の原三笠山刀利天坊天狗が少し首
を傾げているのを見つけました。
・長野県開田村と岐阜県下呂市との境。

▼02:木曾御嶽山・三笠山刀利天坊」

【本文】
 木曽の御嶽山(3067m)といえば山岳信仰の山として、いまも
全国に数百万人の信者がいるといい、多くの信者が講を組み白装
束で登る姿を見かけます。登山道の各所に霊神碑がならんでいて、
霊所にろうそくなど立っています。これを見て気持ち悪がる一般
登山者もいます。

 ここの開山は飛鳥時代の702年(大宝2)、修験道の祖・役ノ行
者小角(おづぬ)によるといわれ、各地にある「国御岳」のひと
つとして蔵王権現がまつられています。そんな山ですから、我慢
邪慢の天狗たちがウジャウジャいるというのも納得できる話です。

 なかでも御嶽権現の化身といわれる六尺坊(ろくしゃくぼう)
を首長に、アルマヤ坊、刀利天坊(とうりてんぼう)、大頭羅坊(だ
いずらぼう)なる大天狗が取り仕切っているという。

 9月、王滝口九合目避難小屋に一泊。剣ヶ峰からお鉢をめぐり、
賽ノ河原から摩利支天山へ登り、しばらく空を見ながら寝ころが
ります。そして岐阜県側濁河温泉への降り口・飛騨頂上へ行った
とき五ノ池小屋のうしろの岩で、田の原口のバス終点近くにある
三笠山にすむという刀利天坊天狗の像を見つけました。

 高さ10センチほどでしょうか、小柄ながら宙をにらんでいます。
御嶽行者が唱える祝詞(のりと)、『御嶽勤行集』(おんたけごんぎ
ょうしゅう)という唱文の「神迎勤請祝詞」にこんな文が出てき
ます。

 その全文は、「恐れ乍ら之の座に勧請し奉るは、謹請(きんじょ
う)は七代十柱の御神、謹請は十一柱の御神、大元耳神、天地開
闢国常立神、謹請は日天子、月天子、大己貴神、少彦名神、御嶽
山三社大権現、白河山大権現、八海山大頭羅神王、三笠山刀利天
飛竜大権現、阿留摩耶山大権現、蔵王山大権現、諏訪上下大明神、
三島三明神、武尊大権現、大与曽大権現、戸曽大権現、大江大権
現、三宝大荒神。磐戸大明神、弁財天、奥の院には、天照皇大神
宮謹請、八幡大菩薩、謹請は春日大明神、月読命大明神、摩利支
天大神、西ノ宮大神、飛竜山大日大聖不動明王、コンガラ童子、
セイタカ童子、南無三十六童子、南無八大童子、総じて大日本国
中天神地祇、八百萬の御神、之の座に降臨あって家内安全、息災
延命、当病平癒、所願成就なさしめ賜へと畏こみ畏こみ白す。

 畏れ乍ら総社には建御方の命、諏訪大明神、登美の神社、当社
の鎮守は□□□(註□□□は祈祷する土地の鎮守神を挿入する)、
日光山には東照大権現、、日本には総社津島牛頭天王、富士浅間大
神宮、像頭山金比羅大権現、立山三社大権現、湯殿三社大権現、
熊野三社大権現、戸隠三社大権現、並に九頭竜大権現、三峰山大
権現、秋葉山大権現、大山石尊大権現、大天狗小天狗、近江多賀
大明神、鹿島大明神、稲荷五社大明神、住吉大明神、道了大権現、
無上同宝神加持、当家守本尊」という長ったらしいもの。

 ここに出てくる神々や仏たちは、御嶽の山々や谷にまつられて
いたのではなく、多くは客神(まろうどがみ・客位の神)として
信奉者たちに崇められたものらしい。この唱文にもあるように、「三
笠山刀利天飛竜大権現=三笠山刀利天坊。八海山大頭羅神王=八海
山大頭羅坊。阿留摩耶山大権現=御嶽山阿留摩耶坊」と、同じ御嶽剣
ヶ峰にすみ、御嶽権現の化身といわれる御嶽山六尺坊という別格
天狗をまもっていることになっています。刀利天狗は飛竜大権現
なのですね。

 この八海山大頭羅坊は御嶽山の前山八海山にすみ、三笠山刀利
天坊は三笠山、阿留摩耶山アルマヤ坊は御嶽の阿留摩耶山にすむ
大天狗。これらの3天狗はまた、埼玉県秩父山塊の両神山小鷹神社
でも、六尺坊とともにまつられています。

 また群馬県太田市の新田山でも、御岳権現の脇士(きょうじ・左
右に控えて補佐する)として、御岳権現六尺坊を中心にして、左右に
三笠山刀利天坊、八海山大頭羅坊の山男姿を彫った石碑がありま
す。御岳信仰が東方に広まるとともに、御岳の天狗たちは、関東
地方にその領域を延ばしていったということです。



▼飛騨頂上【データ】
【所在地】
・長野県木曽郡木曽町(旧木曽郡開田村)と岐阜県下呂市(旧益
田郡小坂町)との境。JR中央本線木曽福島駅からバス、田の原
終点下車、歩いて7時間で飛騨頂上。祠がある。地形図上には飛
騨頂上の文字と鳥居記号のみ記載。標高2800m。
【位置】
・飛騨頂上:北緯35度54分34.46秒、東経137度29分2.85秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「御嶽山(飯田)」

▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典20・長野県の地名』市川健夫ほか編(角川
書店)1990年(平成2)
・『図聚天狗列伝・東日本編』知切光歳(三樹書房)1977年(昭和
52)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)

 

 

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【とよだ 時】 山と田園風物漫画
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 (主に画文著作で活動)
【ゆ-もぁ-と】制作処
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