【全国の山・天狗のはなし】  

▼11:川天狗

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河童に近い川天狗(丹沢湖畔)

【略文】
天狗には、水天狗、海天狗、道天狗などいろいろな種類がいます
が、川天狗も天狗の一種。これは河童に近いとされる珍しい天狗
だそうです。ここ丹沢湖畔にはこの川天狗の石碑があります。丹
沢湖が出来るとき、水没した集落から移されたものだということ
です。
・神奈川県山北町

河童に近い川天狗(丹沢湖畔)

【本文】
 高山に切っても切れないものに天狗がいます。天狗は妖怪・怪
人・魔物・鬼ににも例えられ、神通力・飛翔術もそなわっている
といわれています。その天狗にもいろいろ種類・階級があるとい
うから愉快です。

 神奈川県山北町の三保ダム(昭和53年に完成)の工事で丹沢湖
ができる時、湖の底に水没する各集落から山の神や馬頭観音、庚
申などいろいろな石仏が湖周辺に移転、祭られたという。神縄ト
ンネルバス停から玄倉へ向かう途中の沢沿いにある川天狗の石碑
もそのひとつ。

 川天狗に向かって左手に白竜神の碑がならび、その間に小さな
お地蔵さんが建っています。川天狗とは、天狗の一種で、河童に
近いものだともいわれています。そういえば口がくちばしの形で、
河童の口に似ています。

 河童はその昔、唐天竺の黄河に大部族をなしていたといい、そ
の一部族が海を渡り九州に渡ってきたという。族長は九千坊とい
う名前だったというから、なんだか天狗の名にも似ています。

 川に関係ある水天狗が、山形県出羽三山にひとつ羽黒山に水天
狗円光坊がいます。円光坊は、羽黒山に登るために船で最上川を
行き来する人たちの安全を守る天狗だといわれています。

 かつては近畿地方、陸前や、陸中地方など日本海側から羽黒山
を目指す、信奉たちを運んだ舟便だといいます。水天狗円光坊の
神影は、鼻がとがり髪を伸ばし後ろでしばった総髪姿です。

 左手で宝剣の柄をにぎり、右手で頭の上までのびる金剛杖を持
ち、白無垢の行者の姿で輪袈裟を掛けています。水天狗は全国唯
一の水の天狗であり水難守護の河童神ではないかともされていま
す。

 一方、昔から丹沢近郊にも「川天狗」のうわさがあったようで
す。神奈川県津久井郡(相模原市緑区)では、夜、川に漁へ行く
と暗闇の中で、大きな火の玉が転がることがるという。これは川
天狗の仕業で、その時は川原の石を洗い清めて、そこにとれた魚
を供えると、火の玉は出なくなるという。

 そのほか投げ網を打っていると、近くで同じように投げ網を打
つのが見える。しかし姿はあらわさないという。また盛んな松明
の火と、大勢の人声が聞こえても、よく見ると何でもなく、こん
ども姿をあらわさないこともあるという。このように、このあた
りでは川天狗は姿をあらわさないらしい。ただ東京の川天狗は、
人前に姿をあらわしていたという報告もあります。

 こちらは東京都奥多摩町のお話しです。旧小河内村の多摩川に
大畑淵という大きな淵がありました。そこに川天狗がすんでいた
という。川天狗は、別に危害を与えるわけでもないのですが、い
つも淋しそうでションボリと岩の上に腰かけ、物思いにふけって
いる姿を見かけたという。

 ところが、ある時から天狗の姿が見えなくなりました。村人が
「天狗さまはどうしたべ」と心配しだします。冬が過ぎ、春、夏
が去り、秋になったある日、キチンとした身なりで岩の上に天狗
を見かけました。

 そばに美しい女性が寄り添っています。「天狗さまが嫁をもらっ
た」と、村中の評判です。そんなある夜、天狗さまの嫁さんが、
膳と椀を借りに村人の家にきました。心よく貸してやると、次ぎ
の朝、いつの間にか膳と椀が返されていて、なかにはミミズが入
っていました。

 そばに「病気になったらこれを飲んでください」と書かれた手
紙がそえてありました。ある時、この家に病人が出て、熱病で明
日をも知れぬ状態になりました。家人が思いだして、ミミズを飲
ませたところ不思議に熱が下がったという。昔の民間療法で、熱
病にミミズが効くというのはこの時からはじまったということで
す。

 ある秋の一日、山と渓谷社から丹沢のイラスト本を出版させて
戴くにあたり、お山口の取材に登山口の取材で丹沢湖畔を歩きま
した。その途中にある川天狗、話には聞いていましたが実物を見
るのははじめてです。興奮して横を見たり裏へ回ったりと調べま
した。といっても文字だけの石碑ですが。ふと見ると同行者の皆
さんは、こんなただの石碑どこが面白い?というようにブラブラ
しながらつまらなそうな顔をしていました。スミマセン。



▼丹沢湖畔水天狗【データ】
【所在地】
・神奈川県足柄上郡山北町。小田急新松田駅から西丹沢、中川温泉
行きバス玄倉下車10分で川天狗石碑。
【位置】
・水天狗:北緯35度24分46.28秒、東経139度03分48秒
【地図】
・旧2万5千分の1地形図:「山北(東京)」or「中川(東京)」(2図
葉名と重なる)

▼【参考】
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『図聚天狗列伝・東日本』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭和52)
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)

 

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【とよだ 時】 山と田園風物漫画
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 (主に画文著作で活動)
【ゆ-もぁ-と】制作処
山のはがき画の会

 

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