第7章 丹沢・ほぼ全山遊び歩き

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第7章 (この章の目次)
 
 ・第1日 仏果山から物見峠
 ・第2日 物見峠から二ノ塔
 ・第3日 二ノ塔から神ノ川乗越
 ・第4日 神ノ川乗越から加入道山湯花ノ沢休憩所
 ・第5日 湯花ノ沢休憩所から菰釣避難小屋
 ・第6日 菰釣避難小屋から明神峠
 ・第7日 明神峠から山市場バス停

 この本を書くにあたり、初めから再調査しなおすため、ここ一年
集中的に丹沢に通いました。これはその総仕上げの縦走記です。

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■第1日(1月13日)快晴

 丹沢の東の端っこは、仏果山です。小田急本厚木駅からバスに乗
り、終点半原で下車。撚糸工場わきの道を高取山、仏果山をめざし
ます。林道そばの沢はホタルの里と銘打ち、箱の中で養殖をしてい
ます。

 林道が左後ろにカーブした所から沢筋の道を、かすかな踏み跡を
登っていくと、宮ガ瀬越と高取山間のピークに出ました。

 昨日降った雪が、朝日に溶けて木の枝から雨のように落ちてきま
す。高取山を踏んだあと、仏果さんへ。ハイカーが雪のベンチで昼
食中です。ひときわ大きいザックが目立ってしまいます。早々に半
原越から煤ヶ谷に向かって出発します。

 同行の仲間の飯塚清司氏は、煤ヶ谷のバス停から帰宅です。これ
からは一人、正住寺の庚申塔や仏像をスケッチし、登山届を出して
その日は物見峠にテントを張りました。


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■第2日(1月14日)快晴

 十字路になっている物見峠から、大山三峰に向かい急坂を登りま
す。雪が10aくらい積もっていてルンルン気分。三峰山ではポカ
ポカ日和で、ベンチに座っていたら眠くなってしまいます。

 しばらく歩くと、不動尻への急降下。シカが逃げていきます。不
動尻からのダラダラ登りは長い。不動尻へ下りずに、稜線づたいに
行けないものか。ピークにザックを置き、三峰方面へ行ってみたら、
かすかに踏み跡があり、赤いテープも巻いてありました。

 こんど来る時は、そちらを歩いてやろうと重いながら、989m
ピークのベンチに着き、昼食にしました。大山上空にはパラグライ
ダーが十数個、優雅に飛んでいます。

 いつもにぎやかな大山山頂。ここへ来るたび、石尊のもとの大石
はどれかと探すのですが、本殿がその石をすっぽり囲んで建てられ
ているとのこと。それじゃ見つからないわけです。ヤビツ峠も過ぎ、
丹沢名水を補給して今夜は二ノ塔に泊まります。


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■第3日(1月15日)曇り・雪

 デクエヤル国連事務総長が、湾岸情勢和平への希望がなくなった
と伝えたとのラジオニュース。ゆうべ降った雪が、スズタケの葉に
積もり、ストックで払いながら出発します。

 歯ブラシを忘れてしまい、歯がヌルヌルして気持ちが悪い。塔ノ
岳の尊仏山荘のヒゲでおなじみ花立昭雄さんにお願いし、歯ブラシ
を調達。久しぶりにお会いし、「不老山まで歩く物好きなことをや
ってます」といったら、「ヘェー、それはそれは」と笑われました。

 丹沢山にかかるころ、雪が降り出しました。不動ノ峰を過ぎたあ
たりで、前方で何か動くものがあります。キツネです。赤褐色の毛、
太い尾、機敏な動き、まわりに油断ない気配り、やはり野生はたく
ましい。ほれぼれと見送りました。

 蛭ヶ岳から急降下、今夜は神ノ川乗越泊まりです。きのうからザ
ックが、プツンプツンと音がして、縫い目が裂け、布目がほつれ出
すのが気になり、シュリンゲで外側からしばって補修しました。


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■第4日(1月16日)快晴

 シカにやたらと出会います。東丹沢から檜洞丸のまわりでも、白
い尾を見せながら、ドタバタ逃げていきます。檜洞丸からの下りは
富士山がよく目立ち、裾野で演習をしている自衛隊の砲音が響いて
います。

 犬越路は日あたりがよく、暖かい。シャツを脱ぎ、裸で昼食をと
りました。ここから大室山の登りも急です。肩のベンチにザックを
置き、大室山を往復します。

 破風口を過ぎるあたりで、三匹の猟犬を連れたハンターに出会い
ましたが、なにやら足早に、馬場峠から道志村へ下っていきました。
「ははぁ、その昔、奥州平泉の鰐口伊賀守が安住の地を求め、道志
から箒沢へ越えていった峠とはここのことか」。わけもなく道標を
なでたりします。

 きょうは、水を求めて加入道山先から、道志側の湯花ノ沢休憩所
へ下ります。早く着いたので、休憩所の屋根の下にテントを張って
乾かし、シカが水飲みに来るのを見ながら早速イッパイを始めます。


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■第5日(1月17日)曇り・雪

 どんよりとした空のもと、白石峠に登り返すと、神奈川県側はガ
スでまっ白です。

 起伏のない山道を歩いていたら、突然、ヤマウグイスが飛び出し
てきました。私のすぐ近くだったので大あわて。まん丸い目をさら
に丸くして、再び藪の中へもぐり込んでいきました。モロクボ沢ノ
頭でザックを置き、畦ヶ丸を往復して早めの昼食をとりました。

 大界木山に着き、大木の根本でおやつを食べながらラジオをつけ
ると、多国籍軍、イラクへ爆撃開始の報道です。とうとう始まっち
まった。軍事評論家が解説をしています。

 ラジオを聞きながら、城ガ尾峠にさしかかるころ、雪が本降りに
なってきました。雨具をつけます。あらっ、古いボロズボンの右ヒ
ザ小僧が擦り切れはじめ、ウールの下着が見えています。そんなこ
んなを気にしながら、菰釣避難小屋に着きました。

 時計はまだ3時半ながら、アルコールも昨日で切れてしまったの
で、ふて寝をきめこむことにしました。雪はまだ降っています。


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■第6日(1月18日)快晴

 きのうの新雪で誰の足跡もない道を菰釣山に向かいます。

 大きな富士山に感激して歩き始めると、雪の上にまっすぐな足跡
がついています。

 キツネです。時々、2匹が合流してジャレあった跡もあります。
しかしよく見ると、所々の木の根本にオシッコをひっかけてありま
す。ははあ、縄張りの確認に歩いているのか。雨や雪が降るたび、、
確認して歩くのではたいへんだなあと感心します。

 気になっていたザックの裂け目、ズボンの擦りきれがさらに大き
くなり、戦争やらキツネの縄張りまで、心配の種はつきません。

 やがて山伏峠。初日に帰宅した飯塚清司氏と再び合流。今夜は打
ち上げです。アルコールと食糧を持って来てくれました。凍結した
三国峠を横切って三国山へ。さらに明神峠まで行き、テントを張り
ました。

 今夜はごちそうです。湯豆腐にキムチなどモロモロ。日本酒のパ
ックはたちまちからになりました。マンプク、マンプク。


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■第7日(1月19日)快晴

 明神峠の三叉路から高圧線の下を通り、明神山から湯船山の急降
下を雪で滑りながら、峰坂峠に着きました。ここからは車道を歩き、
世附峠に向かいます。

 日あたりのよい世附峠は暑いくらいですが、ズボンのひざに穴が
あいているので、ウールの下着がぬげません。ガマン、ガマン。

 きょうは土曜日、不老山の上は7,8人のハイカーがお茶をわか
しています。雪がまぶしい。早めに降りてビールで乾杯しようと、
不老山をあとにします。 

 山市場に着いた時は、中身の見えるザックをシュリンゲでしばり、
擦りきれズボンを下着で隠し、ヒゲ面にボサボサ頭という異様な姿。
通りかかる少女たちが逃げていきます。

 このあたりは酒屋がなく、乾杯はできませんでしたが、無事全山
歩きは終了。初めから終わりまで雪があって楽しい、山ボケ、平和
ボケ、アルコールボケの一週間でした。

 それにしても、飯塚氏の「キセル全山縦走」というのが愉快でし
た。


(第7章 終わり)

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