『新・丹沢山ものがたり』CD本(加筆版)
第13章「畦ヶ丸−菰釣山」

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▼12:バケモノ沢

西丹沢・丹沢湖(神奈川県)に西側から注ぐ大又沢上流にある地蔵
平があります。

かつては沢の流域に集落がありましたが、関東大震災による山津波
に襲われ、集落は壊滅、多くの犠牲者が出たという。村人はここに
地蔵堂を建立し、犠牲者を供養しました。それ以来この地を地蔵平
というようになったという。

この地蔵平から北上する沢にバケモノ沢という気味の悪い沢があっ
て、その左手の尾根上に信玄平があります。


かつてここは、西丹沢・箒スギから山中湖方面へつづく、東海自然
歩道が通っていましたがバケモノ沢上流の水晶沢、戸沢、赤沢が崩
壊したため、いまでは畦ヶ丸を経由しています。

バケモノ沢とは薄気味の悪い名前です。地元の古老は昔から「バケ
モノ沢には入るな」と言い伝えているといいます。かつてこの支流
の水晶沢では昔から水晶がとれたといいます。

そこで盗掘されないよう、バケモノ沢という気持ちの悪い名前をつ
け、入ってはいけないというタブーをつくったともいいます。その
地蔵平から林道が二つに分かれ、右への道はバケモノ沢沿いに北上
しています。


荒れぎみ林道をしばらく行くとセキノ沢にかかる橋があります。橋
を渡ると、道は荒れ放題。大岩がゴロゴロ。崖が崩れて積もった林
道に生えた木がすでに大木になっていて、放ってあった年月がうか
がえます。

大量の予算を投じ労力をかけて造った林道、見捨てられてから幾星
霜。いままで何かの役に立ったのでしょうか。

6月のある日遊び心で問題のバケモノ沢野宿訓練をしてみました
「鬼が出るか、蛇が出るか」。この計画を大勢の人に呼びかけまし
たが、名前が名前の場所だけに参加者はたった計3人。


当日、バケモノ沢に着いた一行は早速野宿の場所を深し敷きものを
敷き寝どこをつくります。

動物を驚かせないようにしながらたき火を囲み、夕食の準備。山談
義と山の歌に夜も更けていきます。聞こえるのは沢の音と、時々風
に揺れる高い場所の木の枝。

長い夜も夜半を過ぎ3時にもなると、夏の夜明けは早く空が白くな
ったと思う間もなくみるみる明るくなります。


山の斜面に日が当たるころ起きだし「鬼は出たか、蛇はどうした?」
バケモノモドキの3人で大笑い。大木の茂った薄暗い林道に何か光
っています。

見るとクルマ用のカーブミラーです。くもりかけたミラーが私たち
の影を一生懸命映していました。その光が不気味です。さぞかし動
物たちも住みにくかろうと、同情したくなるような一夜でした。


▼バケモノ沢【データ】
【地名】
・【異名、由来】:かつて支流の水晶沢では水晶がとれたという。盗
掘されないよう気持ちの悪い名前をつけてタブーをつくった。
【所在地】
・神奈川県足柄上郡山北町。小田急新松田駅からバス丹沢湖下車歩
いて5時間でバケモノ沢。地形図に地名標高とも記載なし。付近に
何も記載なし。
【位置】
・【バケモノ沢】緯度経度:北緯35度27分17.07秒、東経139度00分5
0.89秒(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)
【地図】
・2万5千分の1地形図「中川(東京)」


▼【参考】
・『丹沢・桂秋山域の山の神々』(佐藤芝明)1987年(昭和62)
・『山の神の民俗と信仰』(佐藤芝明)1990年(平成2)

▼12:バケモノ沢(終わり)

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