あとがき

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 成人を迎えて間もなく、沢登りから山に入り込んで以来、ただ登
るだけでは飽きたらず、山の伝説、歴史に興味を持つようになった
のは、いつのころだったでしょうか。

 山頂、山中には祠や石仏が必ずといっていいほど建っており、神
秘的雰囲気を漂わせています。「これは何だろう」という至極単純
な疑問から調べたのがきっかけで、資料を集めはじめました。

 山中の祠や石碑は、天つ神はもちろん、従来からの山の神、地主
神、大明神のものであったり、仙人や天狗社、また鬼・邪神を封じ
込めた祠であったり、神戦伝説の碑だったりします。中には前身が
はっきりしている妖怪もあって、それぞれに伝説や歴史、地名山名
にからむことも多く、興味は尽きません。

 かつては山から突然吹き下ろす風に神を感じ、そこで起こる天狗
倒しなど不思議な物音、不可解な出来事山は、物の怪(気)のすみ
かとして人々を恐れさせ、山中は魔界であり異界であると畏怖しま
した。人智の支配の及ばぬ異界に住む山人は隠(おぬ)であり、ま
つろわぬ者を鬼として恐れ、平地民が山へこもったり、庵窟を造っ
たりすることを禁じた令があったとも聞きます。この魔界である山
を支配する木霊・山の神の化身が、鬼であり天狗であると和歌森太
郎氏も述べており、かつては山の神・鬼・天狗は同じものだったと
いいます。

 研究者の探究は各方面へ及び、例えば、「岩橋造り伝説」の中で、
山岳修行者の祖とされる役ノ小角は山の神である一言主神を鬼とし
て扱い、その讒奏により伊豆へ配流されました。そのとき、小角の
怒りによって呪縛された一言主神は、今になっても解脱できないで
いると説く「日本霊異記」のような古書もあります。これは僧の書
いたもので仏教は神に勝ることを意味する説話だとする人もいま
す。

 しかし、小生のような門外漢は伝説を率直に楽しむのが精いっぱ
い。これからも各地の伝説地探訪を続け、素朴な目で見た山岳伝承
を発表していくつもりでいます。

 この度、このように一冊の本にまとめはしたものの、浅薄な知識、
記述の稚拙さばかりがめだち、自分の未熟さをとことん思い知らさ
れる思いです。記述内容はもちろん、いろいろな面で皆様のご指摘
を仰げればこの上ない幸せに存じます。

 なお、本書に収録したものは先述の「岳人」(東京新聞出版局)、
「山と渓谷」・「ビスターリ」(いずれも山と渓谷社)連載分のほか、
「保険毎日新聞」、「あしなか」(山村民俗の会)、「山嶺」(東京
野歩路会)に掲載したものを加え、117座としました。

2006年12月         とよだ 時(改名しました)

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