『新・ふるさとの神々』(上)加筆
第6章 動物神

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06ー14「猫神」

【前文】
猫はその不思議な習性から神にもなっています。最も信仰されるの
が、蚕の守護神。蚕を食べるネズミを退治するのは猫。この猫に寄
せる特別な感情は、ネズミ除けの猫の宮の信仰に発展。毎年春にな
ると、「猫を借りてくる」と称し、山から蚕神を勧請し、猫の絵の
呪符を蚕室に貼ります。まさに山の神にもなっています。

06ー14「猫神」

【本文】
 「猫を殺せば七代祟(たた)る」とか、「猫は3年飼っても三日
で恩を忘れる」、「猫に小判」などといわれます。さらに化け猫など、
かわいいふだんの姿とは違った妖怪じみた詞もありますが、どうし
てどうして猫も神さまであります。

 猫は、かつては養蚕の蚕さまを食うネズミを退治するなど、農作
物の害を守る農神として、さらに山の神、船霊(ふなだま)さまの
使者として、また商売繁盛のマスコット神(招き猫)として信仰さ
れるのでした。ところで猫は、古代の日本には存在しなかったとい
います。

 「カイネコ」の発祥は、エジプトの野生猫であるリビア猫といわ
れています。はじめは猟犬のように、狩猟を目的に飼い馴らしたも
のだそうです。エジプトの第5王朝(BC2494〜2345)には、首輪を
つけた猫の絵が見られます。やがてアルプスの北へ広まり、東洋に
も及んできます。

 日本にはいつ頃渡来したか不明で、「猫」という名の起こりも分
かっていないそうです。ただ一説に、猫はいつも寝ている感じなの
で「ネンネコ」が語源だという人もいるようですが、『古事記』、『日
本書紀』、『万葉集』など、古文献には見られず、はじめて猫があら
われるのが、平安時代前期の『日本霊異記』という本です。

 飛鳥時代、文武天皇(もんむ・在位697〜707)(第42代とされる)
のとき、豊前の国のある人が、死んでから猫となって自分の息子の
家に飼われていたという話が載っています(『日本霊異記』上巻・
第三十)。「我、正月一日狸(ネコ)に成りて汝が家に入りし時に、
供養せし宍(しし)、種(くさぐさ)の物に飽きき」とあるのがそ
れ。

 実物の猫が記載された文書は、平安初期の宇多天皇(うだてんの
う)の日記『寛平御記』(かんぴょうぎょき・『宇田天皇御記』とも)
が最も古く、884年(元慶8・がんぎょう)中国から光孝天皇(こ
うこう)に猫が献上されたことが載っています。

 また『枕草子』、『源氏物語』、『狭衣物語』にも猫の話がでており、
「敷島の大和にあらぬ唐猫(から猫)の君のためにぞ求めいでたる」
(花王院)などと詠まれていて、平安朝時代には朝廷や公家の間に
も飼わるようになったようです。

 さて神としての猫はどうでしょう。なんといっても、冥界(めい
かい)の神、山の神、祖霊神、歳神といった、農神に結びつけられ
るものが多いですが、農作物や収穫したものを守るとして最も信仰
されるのが蚕の守護神。「蚕を飼えば猫を飼え」(伊予松山)、「蚕お
くなら猫たてろ」(福島県)などのことわざも残っています。

 蚕を食べるネズミを退治するのは猫。この猫に寄せる特別な感情
は、ネズミ除けの猫の宮の信仰に発展。毎年春になると、「猫を借
りてくる」と称し、山から蚕神を勧請し、猫の絵の呪符(じゅふ)
を蚕室に貼(は)ります。まさに山の神なのです。また山中で仕事
をする猟師や、樵夫(しょうふ)の社会でも猫に対するタブーがで
きて神格化していきます。

 猫を山の神、冥界の使者とみて、山仕事に出かける時、猫を見た
らその日は仕事を休んだりしました。さらに猫という言葉自体を嫌
って「ヒゲ」と呼んだりしたそうです。漁村でも出漁の時、猫に会
ったら引き返して出直すという。また猫の雄は、船霊様のお使いと
いわれ、船に乗せてマスコットにしたりなど。

 さらには猫の神事もあって、行事の中に組み込まれています。猫
随身、猫も三文、猫の正月、猫の年取りなどがそれで、なかでも猫
直接の関係ある行事として取りあげられるのが「猫随身」と「猫の
年取り」という行事です。

 「猫随身」というのは、その年の収穫すべての作業を終わるとす
る12月8日の事納めの日に、猫にご馳走をする行事。一茶も一句詠
んでいます。「お仲間に猫も座とるや歳わすれ」文政4年(1821)。
「猫の年取り」は、10月14日を「猫の正月」といい、千葉県君津郡
亀山村(現在の君津市)では猫に輪飾りをさせて餅を備える風習が
あったという。

 さらに不思議な石仏群で知られる、長野県筑北村と青木村との堺
にある修那羅峠(しょならとうげ)や、同県千曲市の霊諍山(れい
しょうざん)には、猫神の石仏もあります。これはうずくまった猫
や、猫の顔の人体像を彫ったもの。蚕を食う憎きネズミをとる猫を
神とする蚕神のひとつです。

 埼玉県秩父の城峰山の将門をまつる城峰神社には、「お猫さま」
と称する猫神の像が、愛嬌のある表情でハイカーを迎えてくれます。
お猫さまは十一面観音の眷属。十一面観音は平将門の守り本尊と聞
けば合点がいきます。

▼【参考文献】
・『世界大百科事典24』(平凡社)1972年(昭和47)
・『動物信仰事典』芦田正次郎著(北辰堂)1999年(平成11)
・『日本大百科全書18』(小学館)1988年(昭和63)
・『日本霊異記』景戒著:日本古典文学全集6『日本霊異記』正式
名『日本国現報善悪霊異記』中田祝夫校注(小学館)1933年(昭和
8)
・『民間信仰辞典』桜井徳太郎(東京堂出版)1984年(昭和59)
・『宿なし百神』川口謙二著(東京美術刊)1979年(昭和54)

 

 

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