『新・ふるさとの神々』(上)加筆
第4章 天狗神
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▼04-26「京都鞍馬の天狗たち」
【本文】
天狗といえばなんといっても鞍馬山(569m)です。ここには鞍
馬山僧正坊(そうじょうぼう)と、鞍馬山魔王大僧正(まおうだい
そうじょう)という2狗の天狗がいるという。両方とも「僧正」の
文字がつくので紛らわしいですが、どうしてどうして前者と後者で
は、「格」が違うのです。
「鞍馬天狗」でおなじみの天狗は鞍馬山僧正坊の方。僧正坊は、
日本八天狗の第二位にあげられる天狗。室町中期にできた謡曲「鞍
馬天狗」ですっかり有名になり、鞍馬天狗といえば僧正坊を指すほ
どになっています。
しかしこの天狗は、牛若が僧正ヶ谷で剣術を習っていたことと、
後者の魔王大僧正の威厳とがごっちゃになって、さらに同じ「僧正」
なのでどちらの天狗か分かりづらく、多くの本で牛若に武術を教え
たのは僧正坊だと誤解されています。
鞍馬寺では牛若丸に剣術を教えたのは僧正坊ではなく、魔王大僧
正の方だといっているという。この「鞍馬天狗」の僧正坊の前身(天
狗になる前の正体)は、弘法大師の十大弟子のひとり、真如法親王
(しんにょほうしんのう・平城天皇の第三皇子の高岳親王のこと)
の弟子で、優秀な壱演権僧正(いちえんごんそうじょう)という人
だといわれています。
この僧は呪験が秀でており、皇太后や関白の奥方の病を祈り、法
験でなおしたという。そんなことから、僧のなかでも一飛びに権僧
正になったという人。しかし、平安前期・貞観9年(867)、何を思
ったか、小舟に乗ってひとり沖に出たままついに帰らなかったとい
う。人々は天狗になったのに違いないと噂しあったとのことです。
もう一方の親玉の超大天狗・鞍馬山魔王大僧正は、あまりにも大
物すぎて天狗の枠からはみ出してしまい神仙以上の扱いを受け、権
現または菩薩としてあがめられているという。鞍馬山の本尊は多聞
天(毘沙門天)ですが、大僧正はその夜の姿だというから恐れ入っ
てしまいます。
牛若丸が稽古した場所は、『義経記』巻一に、鞍馬の奥に僧正ヶ
谷というところがあって天狗の住処になっている。牛若は夜になる
とこっそりと出かけていき、草木を平家の一類に、大木を清盛に見
立て太刀を抜いて鍛錬していたとあります。ここ鞍馬の裏山の僧正
ヶ谷が牛若丸が剣術の稽古をした所。その最奥部には奥ノ院である
魔王殿(堂)があって、天狗魔王大僧正がまつられています。
その奥ノ院・魔王殿(堂)には高札が建っていてこんなことが書
かれているという。「魔王大僧正は50万年前、天の星から降りてき
て、仮に天狗の姿になって諸悪をくじき、人々を助け給ふ毘沙門天
の化身である」というから、眉につばをつけたくなります。
そして先にも書いたとおり、「牛若丸が魔王大僧正から、夜な夜
な剣術を教わったのはこの場所で、堂の裏の岩場がそうである」と
も立て札にあったとか。
この天狗は、足利何代目かの将軍の注文で、日本画の狩野派二代
目・元信が創作した初めての鼻の高い山伏姿の天狗像のモデルで
す。そのいきさつは「鼻高天狗」の項で述べたほかに、元信が鞍馬
山のお堂にこもって夜通し祈っていた時、月の光を受けて元信の姿
が扉に映ったのを模写したという説もあります。
ある日、元信の家にある人がやってきて天狗の絵を注文しました。
どんな絵にするか元信が迷っていると、その夜、夢に老人があらわ
れ、天狗の形を伝授してくれたので、元信はそれを六尺(1.8m)
あまりの紙に写したという説もあります。
鞍馬にはこのほか、八万騎とか十一万騎とかいわれるほどの天狗
がいるという。「鞍馬神名帳」というものには十狗の天狗名が載っ
ており、これを名づけて「鞍馬十天狗神」と呼ぶそうです。それは
霊山坊、帝金坊、多聞坊、日輪坊、月輪坊、天実坊、静弁坊、道恵
坊、蓮知坊、行珍坊の十狗です。
▼鞍馬山【データ】
【所在地】
・京都府京都市左京区。叡山電鉄鞍馬駅の北部。叡山電鉄鞍馬駅
から鞍馬寺本殿から奥の院参道を経て1時間40分て鞍馬山山頂。
写真測量による標高点(584m)がある。
【位置】
・鞍馬山標高点584m:北緯35度7分25.82秒、東経135度46分
17.82秒
【地図】
・旧2万5千分1地形図名:大原
▼【参考】
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『図聚天狗列伝・西日本』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭和52)
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)
・『義経記』(作者不明)巻第一(牛若貴船詣の事):(日本古典文大
系37『義経記』岡見政雄校注(岩波書店)1959年(昭和34)
・『日本架空伝承人名事典』大隅和雄ほか(平凡社)1992年(平成
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