『新・ふるさとの神々』(上)加筆
第3章 鬼 神

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▼03-09「京都大江山・酒呑童子

【本文】
 酒呑童子(しゅてんどうじ)の鬼伝説で有名な京都の大江山は、
千丈ヶ嶽、大枝山、与謝大山(よさおおやま)、御嶽などとも呼ば
れています。千丈ヶ嶽の山名は、東側の山腹に千丈ヶ原なる広大な
湿原があり、そこから名づけられたようです。

 大江山には鬼伝説が2つあります。ひとつは、『古事記』や『日
本書紀』にも出てくる話で、第31代とも第32代といわれる用明天
皇の第3皇子麻呂子親王(まろこしんのう)が、仏神の力を借りて
平定したという鬼退治伝説。

 もうひとつは『御伽草子』(おとぎぞうし)の『酒呑童子』(諸本
により酒天、酒呑、酒巓、酒伝、酒典などと書かれる)などで知ら
れる鬼退治伝説です。酒呑童子は、山賊または鬼などともいわれる
怪物で、大江山に砦をつくって乱暴のし放題。人々の苦しみは如何
ばかりと、見かねた源頼光が討ち取ったという。現地には鬼ヶ茶屋
とか、鬼の岩屋など当時にちなんだ地名が残っています。

 これと同じような話が京都市の大枝山にも語り伝えられていま
す。この言い伝えが似ているところからよく間違われることがあり
ます。しかも大江山の別名にも大枝山があるのでなおさらです。こ
のあたりは、昔から開発されたところで、東側山ろくに東ろくに天
照大御神(あまてらすおおかみ)をまつる皇大神社(こうたいじん
じゃ)や、農耕の神(豊受姫命)をまつった豊受大神社(とようけ
だいじんじゃ)が鎮座しています。崇神天皇(すじんてんのう)の
時代に伊勢に遷宮したのはこの地です。また山頂近くには鬼嶽稲荷
神社もあります。

 さて、肝心な酒呑童子の話に戻ります。この童子のうわさが、ち
またで聞かれはじめたのは室町中期からだという。このあたりには、
以前からこのような言い伝えがあったらしく、そのころから、謡曲
『大江山』や、『大江山絵詞』、御伽草子の『酒巓童子』、謡曲「酒
呑童子」などがそろって出ていたらしい。

 酒呑童子の物語の大体のあらずじは、大江山の岩屋に城をかまえ
た酒呑童子が、手下の鬼たちと都へ出て、財宝や娘たちをさらうな
ど悪事のし放題で、都中が不安におちいっていました。ある時、大
富豪で、大政官の次官・池田中納言(いけだのちゅうなごん)くに
たかの姫(花園中納言と堀川中納言の娘とも)がさらわれ、朝廷内
でも大騒ぎ。

 名高い陰陽師(安倍清明ともいわれる)に占ってもらうと、丹波
の国大江山の鬼の仕業だという。そこで源頼光と、家来の四天王(渡
辺綱、碓井貞光、卜部季武(すえたけ)、坂田金時)と藤原保昌の
合計6人で、山伏の姿に変装して鬼退治に行きました。

 途中で住吉・熊野・八幡の神々に出会い、鬼が飲むと毒になると
いう奇特酒をもらい、神々の助けで鬼の城に入り込みました。頼光
たちは道に迷ったふりをして、酒呑童子に近づき毒酒を飲ませ、酔
った所で首をはね、征伐しようとします。

 しかし童子は斬られても首だけでも襲ってくる恐ろしさ。それで
も6人が力を合わせ、手下までも退治しました。頼光たちは娘たち
を解放し、鬼がかすめ取った財宝を持って都に戻ってきたというこ
とです。

 ところで酒呑童子の素性はというと、『柳田国男全集4』「山の人
生」には、『越後名寄』巻三十三その他を引用し、酒呑童子は越後
の西蒲原郡砂子塚(いさこづか)または西川桜林村出身と称し、幼
名を外道丸という美童で、父の名は否瀬善次兵衛俊兼。戸隠山九頭
竜権現の申し子で母の体内に16ヶ月もいたとあります。

 また、「御伽草子」は、「本国は越後の者、山寺育ちの児なりしが、
法師にねたみあるにより、あまたの法師を刺し殺し、その夜に比叡
の山に着き我すむ山ぞと思ひしに、伝教といふ法師仏たちを語らひ
て、わが立つ杣とて追ひ出す。力及ばず山を出て」、その後、高野
山を経て大江山に籠もるに至ったとあります。そんなこんなで酒呑
童子のもとは、「捨て童子」からきたものとの説もあります。

 酒呑童子という名前については、謡曲『大江山』には、「明暮酒
を好きたるにより、眷属どもに酒呑童子と呼ばれ候」とあり、その
ほかの本にも酒呑みの故に「世の人しゅ天どうじとぞ名づけける」
なのだそうです。また酒呑童子は酒巓童子とも書かれます。酒呑と
酒巓はどうちがう?それは、酒呑はただの大酒飲みですが、酒巓と
なると酒巓は酒好きを通り越して酒狂、酒乱の域にはいるというか
らただの酒飲みではないようです。

 またまたなぜ「童子」いうのか。ここでいう童子とは「わらべ」
ではなく、年をくった寺小姓・寺の長老たちの共をつとめる稚児だ
という。普通は修行して坊さんとなるのですが、なかにはなりそび
れる者もおり、そんな彼らは20歳を過ぎると、中童子と呼ばれ、
さらに年長けて大童子になっても、童子姿のまま髪は惣髪、衣装も
派手な稚児姿のままだったそうです。

 次第に寺に居づらくなり、寺から出ていくことになります。そん
な連中が、夜盗や山賊の集団に仲間入り。僧侶になり損ねとはいえ、
読み書きができる彼らは、次第に盗賊の首領になっていったのでは
ないかとされています。大江山の賊はみな童子鬼だったとの説もあ
ります。

★こんな面白い話もあります。鬼とくればふんどしは虎の皮です。
しかし、手下までは虎の皮が行き渡りません。そこで「大江山手下
は猫の皮を締め」などの川柳が生まれます。まるで三味線のようで
す。また「大江山青鬼酔って媚茶色(こびちゃいろ)」、「赤鬼は一
杯過ぎて白くなり」。源頼光の四天王たちが鬼一族と大乱闘したと
きのこと、「金時はくわへ煙草で角をもぎ」とあるから坂田の金時
も余裕だったのでしょう。

★大江山にはこんな話もあります。『今昔物語集』(巻二十九第二十
三)にこんなのがあります。「今昔(いまはむかし)、京ニ有(あり)
ケル男ノ、妻(め)ハ丹波ノ国ノ者ニテ有ケレバ、男其ノ妻(め)
ヲ具シテ、丹波ノ国ヘ行(ゆき)ケルニ、妻(め)ヲバ馬(むま)
ニ乗(のせ)テ、夫(をうと)ハ竹蠶簿(たけえびら)ノ箭(や)
十許(とをばかり)差(さし)タルヲ掻負(かきおひ)テ、弓打持
(うちもち)テ後ニ立(たち)テ行ケル程ニ、大江山ノ辺(ほとり)
ニ、若キ男ノ大刀許(ばかり)ヲ帯(おび)タルガ糸(いと)強気
(つよげ)ナル、行烈(ゆきつれ)ヌ。」

 …つまり…今は昔、京にすむ男が、妻は丹波国の者だったので、
その妻を連れて丹波に出かけたが、妻を馬に乗せ、……強そうな男
と道連れになった。………妻と同伴で丹波国へ下った男が大江山の
あたりで道連れになった男に気を許し、欲にかられて弓矢を相手の
太刀と交換したばかりに、道連れの男に弓矢でおどされて木に縛ら
れ、眼前で妻を強姦された話。

 犯行後、道連れの男は馬を奪って逃走しましたが、女に情けが移
ってその着衣も奪わず、夫の命も助けてやりました。醜態をさらし
た男は、妻にまで愛想尽かしをされましたが、そこはよくしたもの
で、夫婦分かれもせず、また連れだって丹波への旅をつづけたとい
うことです。

★大江山にはこんな話もあります。宮中で歌の会があり、女流歌人
和泉式部の娘、小式部内侍も、出席することになりました。娘の小
式部内侍があまりにも歌がうまいので、中納言藤原定頼は、母親が
娘の代作をしているのではないかとの疑いをもちました。

 調べてみると、いま母親の和泉式部は、夫の任地である丹後の国
へ行って留守だという。そこで、さぞ娘は、歌ができなくて困って
いるに違いないと思い、「丹後へ使いを出しましたか。お母さんが
いなくて心配でしょう」と皮肉りました。歌をお母さんにつくって
貰えなくて大変でしょうといったわけです。

 娘の小式部は、その場で歌をつくって返事をしました。「大江山
いくのの道の遠ければまだふみもみず天橋立」(遠いのでまだ天橋
立は行ったことがありません)。それには、まだ母からの文(手紙)
を見ていないという意味が含まれていることを知りました。さすが、
娘も名人であることがいまさら分かり、中納言は恥をかいたのであ
りました。

▼大江山【データ】
【所在地】
・京都府大江町と加悦町との境。福知山市大江町の鬼嶽稲荷神社
までタクシー、歩いて1時間で千丈ヶ嶽。2等三角点(832.4m)
がある。
【位置】
・大江山2等三角点:北緯35度27分12.49秒、東経 135度6分24.00

・三角点名:千丈ケ岳

▼【参考文献】
・『御伽草子』『日本古典文学全集36』(校注・訳大島建彦)(小学
館)1974年(昭和49)
・『鬼の研究』知切光歳著(大陸書房)1978年(昭和53)
・『角川日本地名大辞典26・京都府・上』(角川書店)1991年(平
成3)
・『今昔物語』:『日本古典文学全集24・今昔物語』(1〜4)馬淵和
夫ほか校注・訳(小学館)1995年(平成7)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本鬼総覧』(歴史読本特別増刊)(新人物往来社)1995年(平
成7)
・『日本架空伝承人名事典』大隅和雄ほか(平凡社)1992年(平成
4)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本伝奇伝説大事典』乾克己ほか編(角川書店)1990年(平成
2)
・『日本歴史地名大系26・京都府下の地名』柴田実ほか(平凡社)
・『柳田国男全集4』柳田國男(ちくま文庫/筑摩書店)1989年(昭
和64・平成1)

 

 

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