『新・ふるさとの神々』(上)加筆
第2章 山の妖怪
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▼02-11「猫 又」
【略文】
長く生きた猫は妖怪になるといわれ、尾の先が二つに分かれている
ところから「猫又」と呼ぶという。北アルプス白馬岳の西北西に猫
又山があり、黒部峡谷に猫又が出現。盛んに人を殺すその残酷さに
村人は恐れおののきました。そこで代官は大勢の猟師を出動させ追
い払いました。そ山を猫又山と呼んで怖れたという。
▼02-11「猫 又」
【本文】
長く生きた猫は妖怪になるといわれ、尾の先が二つに分かれてい
るところから「猫又」とか「猫股」と呼んでいます。また猫又の「ま
た」は、猴(さる)の属であるという話が付け加えられ、山中にい
る怪猫のことをいうようになりました。一名「火車」とも呼ぶそう
です。猫の化け物の話は、東京や千葉県など首都圏にもあり、「ネ
コノカイ」(猫の怪)などと呼ばれています。
鎌倉時代、藤原定家の『名月記』という本にも、犬くらいの大き
さの猫股が一夜に七、八人を食らい、死者が多くでたと記してあり、
また吉田兼好の『徒然草』第八十九段にも「奥山に猫またといふ物、
人を食らふなり」と出てきます。
北アルプス白馬岳の西北西に猫又山(2308m)があります。『山
の伝説・日本アルプス編』(青木純二著)にこんな話が出ています。
……元和(げんな・江戸時代初期)の頃、南の空から真っ赤な雲が
流れ来ました。その色は血のしたたるような赤さで、見る人の心を
恐怖におののかせたといいます。人々は「ただ事ではない」と噂し
あったそうです。
果たして、黒部峡谷に猫又という怪獣が出現しました。もともと
この猫又という怪獣は富士山に棲み、富士権現に仕えるお使いの老
猫でした。ところが、源為朝が富士の巻狩りをした際に身をかくす
場所がなくなって、軍兵を喰い殺して逃げ帰りましたが、「血に汚
れた汝をここに置くことはならぬ」と富士権現に追放され、黒部峡
谷に流転してきたものといいます。
猫又は黒部でも盛んに人を殺し、その残酷さに村人を恐怖のどん
底に陥れました。怪獣は死体をくわえて険しい山や谷を猛虎のよう
な勢いで走り去るという。庄屋と村人が決死の覚悟で代官に注進に
まいります。代官は千人あまりの勢子を出動させ、四方から追い立
てて、猫又退治を行いましたが、怪獣の形相すさまじく思わず立ち
すくむ有様。
それでも狩人、勢子たちの威勢に恐れをなした猫又はいずれへか
逃げ去った。怪獣のいた山を人々は猫又山と呼んで怖れた……とあ
ります。猫又山のとなりに「猫ノ踊場」というピークがあります。
ここには月が美しい夜、どこからくるのか子猫がたくさん集まり、
立ち上がって奇怪な踊りを夜が明けるまで踊りつづけ、山が紫色に
明ける頃になると猫は姿を消してしまうという伝説があります。
またこの近くに不帰岳(かえらずだけ・2054m)があって、こ
こには魔物がすんでいて猟師や登山者を八つ裂きにすると里人が恐
れているとあります。昔からこの頂上に登った人は一人として帰っ
て来ていないと伝えています。いまはすぐそばに避難小屋も建てら
れています。
ところがこの猫又山の西南、黒部川の左岸、剱岳の北方にも猫又
山(2378m)があります。ここも大猫があらわれ人を襲うという。
『続日本の地名』(谷川健一著)によれば、こちらの猫又山の西側
の猫又谷付近は昔から人を襲う野生の猫がいるとおそれられ、その
名がつけられたという。大猫におそわれた人は戦後になっても跡を
たたなかったそうです。
会津磐梯山の西北の猫魔ヶ岳(1404m)にも怪猫伝説がありま
す。ある時、磐梯の湯治場に穴沢善右衛門という武士が妻を伴って
来ていました。善右衛門は釣りが好きで、次第に夢中になり山小屋
の泊まり込むようになりました。きょうも妻を湯治場に残し、ひと
り山小屋で魚を焼いていました。
すると目の前に数十年ぶりに乳母があらわれました。変だと思いな
がらいろりで焼いていた魚を乳母にやるとむさぼり食っています。
ますます怪しんだ善右衛門は、居眠りをしている乳母に刀で斬りつ
けました。翌朝になると案の定、乳母は老猫に姿を変えていました。
ある時、湯治場にいる善右衛門の妻が行方不明になりました。村
人を指揮して探したところ山中の大樹の枝に妻の亡きがらがかかっ
ていました。その下に木こりが1人。妻を引き下ろすよう命じたと
ころ木こりは代わりに善右衛門の刀を欲しがりました。断ると木こ
りはたちまち雄の猫又の姿になって、雌猫を殺された恨みで妻をさ
らって逃げ出しました。
しかし善右衛門は怪猫を病魔ヶ岳の洞くつに追いつめ退治して妻の
屍を取り戻したという。その時、武士の腰に帯びていた刀が「猫切
丸」という名刀だったということです。
そのほか、江戸中期の『新著聞集』(しんちょもんじゅう)の「一
巻第十」には紀州熊野の山中で猪くらいの大猫(猫又)が罠にかか
ったとか、犬をくわえていった山猫は尾の先まで3m近くもあった
など古書にもよく出てきます。
▼【参考文献】
・『山頂渉猟』南川金一著(白山書房)2003年(平成15)
・『新著聞集』(しんちょもんじゅう)(神谷養勇軒著):『日本随筆
大成第二期第5巻』日本随筆大成編輯部編(吉川弘文館)1994年
(平成6)所収)
・『続・日本の地名』(動物地名をたずねて)谷川健一著(岩波新書)
1998(平成10)年
・『徒然草』:新日本古典文学大系39『方丈記・徒然草』佐竹昭広
ほか校注(岩波書店)1989年(昭和64・平成1)
・『日本未確認生物事典』笹間良彦著(柏美術出版)1994年(平成
6)
・『日本伝奇伝説大事典』乾克己ほか編(角川書店)1990年(平成
2)
・『民間信仰辞典』桜井徳太郎編(東京堂出版)1984年(昭和59)
・『山の伝説』青木純二(丁未出版社)1930年(昭和5)
・『妖怪』谷川健一:「日本民俗文化資料集成8巻」『妖怪』谷川健
一(三一書房)1991年(平成3)
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