『新・ふるさとの神々』(上)加筆
第2章 山の妖怪

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▼02-09「磐梯山の手長足長」

【略文】

昔、磐梯山に住んでいた怪物は嵐を呼び雲を集め雨を降らせて農
作物を荒らし村人を苦しめていましたが、弘法大師に退治された
という。山頂肩の弘法清水わきには大師の石像がまつられ、コン
コンと清水が湧き出で、登山者の絶好のオアシスになっています。
・福島県猪苗代町と磐梯町と北塩原との境

▼02-09「磐梯山の手長足長」

【本文】
 ササに黄金がなりさがる山・会津磐梯山(1819m)。磐梯とは岩
のハシゴだといいます。大同元(806)年の爆発前の磐梯山は標高
2200mはあったと推測されています。そのためこの山は、まるで
天に通じる磐(岩)の梯(はしご)のようだというのでその名がつ
いたというのです。

 「奥州会津恵日寺縁起」には「磐梯山、もとは病脳山(やまう
さん)とて魔魅(まみ)住み居て常に祟りをなし農産物を害せり。
のみならず山麓に民家あまたありしに大同元年、大爆発を起こさ
せ月輪荘、更科荘が一夜に湖に化し、溺死者数知れず。

 この災害を聞きて空海この地に来たりて、八田野稲荷の森にて
秘法を行せしにより、魔魅は別峰烏帽子岳に逃げ去りぬ。この時
山神、形を現しければ空海これを祝いて磐梯明神と称し、舞楽を
奏して明神と名づく」とあります(『新編会津風土記』による)。

 そんな記述からこんな伝説が残っています。その昔、病脳山(磐
梯山)と明神ヶ岳とに両足を踏ん張って立つような怪物「足長」
と、猪苗代湖の水を手ですくって会津中にばらまく「手長」とい
う夫婦の怪物が棲んでいました。この怪物は、いたずら好きの乱
暴者で雲を呼んで会津一帯を真っ暗にし嵐を起こすわ、作物を荒
らすわで、村人は困り果てていたという。

 そんなとき弘法大師空海がやってきて、病脳山の頂上に登って
怪物夫婦に会って問答をしたという。「お前たちは何でもできると
威張っているようだが大きくなることができるか」というと、手
長足長は見る間に天まで届く大きさになりました。それを見た大
師は「大きくはなれるが、わしの手の平に乗るような小さくはな
れまい」。「何を言う。俺たちに出来ないことはない」。

 手長足長は、みるみる小さくなって大師の手に乗りました。大
師はすかさず用意していた石の箱に入れ蓋をし、呪文を唱え出ら
れなくしてしまいました。「お前たちはいままでさんざん悪いこと
をしてきたが、神として磐梯の山に祭ってやるからこれからは、
人々のために尽くすのだぞ」と、石の箱を山頂に埋め、磐梯明神
として祭ったといいます(『日本伝説大系』)。

 空海に救われた村人は、山名を磐梯山と改名。山頂の肩にある
弘法清水と空海の大使像は、この伝説がもとになっているそうで
す。やがて空海は山麓に恵日寺を創建し、山号を磐梯山としたと
いう。空海がこの寺にとどまること3年、大同5年(平安時代)、
徳一に寺を属して京に帰った(『奥州会津恵日寺縁起』)とあり
ます。いまでも怪物・手長足長は、山頂に積まれた岩の間に磐梯
明神の石碑が埋められて、時々うめき声が聞こえるとか聞こえな
いとか。

 しかし、これについては何の証拠もなく、実際には磐梯山爆発
による災害鎮護のため、空海のあとを継いだとされる徳一上人が
古城ヶ峰南麓磐梯町に恵日寺を建て、磐梯山の神・磐梯明神を鎮
守(磐梯神社は恵日寺のわきにある)としたものだろうというこ
とになっています。

 10月、磐梯山は紅葉がまっ盛り。裏磐梯五色沼近くのキャンプ
場にテントを張りっぱなしにして、五色の沼の色をめでながらス
キー場から磐梯山に登りました。茶色になって白煙をはき、キツ
イ硫黄の臭いを嗅ぎながら、登山道わきの赤く熟したグミを摘ん
で口に運びます。中ノ湯あたりから地元中学生の集団登山と出く
わしました。

 ワイワイガヤガヤ、歩いている登山道のを子どもたちが追い抜
いてうっとうしい。弘法清水小屋前はそのほかの登山者も混じっ
てそれこそ芋を洗うようです。それからは道も一段と細くなり、
押すな押すなのにぎやかさになってしまいました。山頂へ登る階
段は順番待ちの列。足長どころか「くび長」になるありさまでし
た。


▼【参考文献】
・『吾妻山・磐梯山信仰と修験道』山口弥一郎(「山岳宗教史研究叢
書7」名著出版)所収
・「奥州会津恵日寺縁起」(=陸奥国会津河沼郡恵日寺縁起):(『山
岳宗教史研究叢書・7』(名著出版)に所収
・『角川日本地名大辞典7・福島県』小林清治ほか編(角川書店)
1981年(昭和56)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本伝説大系第三巻・南奥羽・越後編』(山形・福島・新潟)
野村純一ほか(みずうみ書房)1982年(昭和57)

 

 

 

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