『新・ふるさとの神々』(上)加筆
第2章:山の妖怪
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▼01「一本ダタラ」
【略文】
一本ダタラという妖怪もいます。雪の降る日に出るので一本足の穴
の足あとが残るといいます。奈良県大台ヶ原近くの伯母ヶ峰の一本
足妖怪は、背中にクマザサが生えたイノシシ「猪笹王」の亡霊だそ
うです。また奈良県十津川村と野迫川村との境の伯母子岳にも美し
い女に化けて旅人を襲って食べる一本足妖怪の伝説があります。
▼02-01「一本ダタラ」
【本文】
一本ダタラというのもいます。これは一本足の妖怪で、近畿や四国
地方に多く出る妖怪とも鬼神だといいます。よく雪の降る日に出る
とされ、雪の上に一本足の穴の足あとが残るといいます。
奈良県大台ヶ原近くの伯母ヶ峰(1262m)の一本足妖怪は、背中
にクマザサが生えたイノシシ「猪笹王」の亡霊だそうです。それが
伯母ヶ峠で射馬兵庫(または弓場兵庫守という)武士に退治されて
からは鬼神となって旅人を襲いつづけたといいます。そのため東熊
野街道は廃道同様になってしまいました。
その後、丹誠上人が伯母ヶ峰の地蔵さまを勧請し妖怪を封じ込め、
経堂塚に経文を埋めてからは再び旅人が通れる街道に復活したとい
います。ただし、毎年、ハテノハツカ(12月20日)だけは鬼神が
自由になれる日になっていました。そのため、その日は伯母ヶ峰の
厄日で村人は警戒したのだそうです。
いま伯母ヶ峰周辺は大台ヶ原ドライブウエイが走り、笹猪王退治の
武士が活躍した伯母ヶ峰峠は紅葉などを楽しむクルマやバスで賑わ
っています。数年前大台ヶ原から大杉谷に抜けるためにバスで通り
ましたが、どこが峠か分からないままでした。
また奈良県と和歌山県の境にある果無山にすむという一本ダタラ
は、一つ目で一本足の怪物で、目が血のようで、ハテノハツカにな
ると出没して峠を越える旅人を襲って食ったという。そのためその
日は人の往来がナシだった。果無山のハテナシはそこからきている
と「山人の記・木の国果無山脈」(宇江敏勝著)にあります。
それより北方、奈良県十津川村(とつかわむら)と野迫川村(のせ
がわむら)との境の伯母子岳(おばこだけ)(1344m)にも美しい
女に化けて旅人を襲って食べる一本足妖怪の伝説があります。
ある時、高野山の西の天野の猟師が山中で女に出会いました。鉄砲
を撃っても弾を手で受け止め襲ってくる妖怪。猟師は高野山の鎮守
神に教えて貰ったとおり二つ弾を撃ちました。さすがの化け物も後
の弾に気がつかず命中してしまいました。
女は「助けてください」と命乞いをしています。「人の命をとらな
ければ助けてやる」というと、「全然とらなければ喰うものがあり
ません。ハテノハツカだけはここを通る人の命を貰いたい」との願
いに、猟師は「一日くらいならいいだろう」と許してやったという。
そのため今でもハテノハツカ(12月20日)には山へ入ってはなら
ぬという昔話があります。
伯母子岳や果無峠は高野山から熊野に抜ける重要街道だった小辺路
(こへじ)の路上にあり、世界遺産にも登録された熊野古道のひと
つ。遺産登録の数ヶ月前、高野山から小辺路を歩きました。朝から
の小雨が伯母子岳山頂で雪に変わり積もりだすしまつ。展望どころ
ではありません。仕方なく伯母子峠に建つ避難小屋で「雪宿り」。
東京から来たというツアーの一行と一緒になりました。
その日は五百瀬(いもぜ)集落を通り越し三浦峠手前の、床が抜け
てさっきまでタヌキかキツネがすんでいたような掘っ建て小屋の中
にテントを張りました。翌日は快晴。三浦峠は積雪で真っ白でした。
山道に入ると、朝日に融けただした雪が木の枝から落ちてきます。
人っ子ひとりいない静かな果無峠。壊れた宝篋印塔(ほうきょうい
んとう)の屋根が土台につぶれて無惨です。
きのう伯母子岳で4月4日、果無峠で4月5日。なんとなく日にち
と、雪道に一本足の跡がないか気になりました。ちなみにこのよう
な片足の神の伝承は各地にあります。山の神は片足だというところ
もあり、何か関係があるのでしょうか。高知県室戸では片足神に「あ
しなか草履」を片方分のみを奉納する習慣があったそうです。
【参考文献】
・『民間信仰辞典』桜井徳太郎(東京堂出版)1984年(昭和59)
・『日本の民話7』(妖怪と人間)宮本常一ほか監修・松谷みよ子ほ
か編(角川書店)1973年(昭和48)
・『日本伝説大系9・南近畿』(三重・奈良・大阪・和歌山)渡邊省
吾ほか(みずうみ書房)1984年(昭和59)
・『柳田國男全集7』柳田國男(ちくま文庫/筑摩書房)1990年(平
成2)
・『南方熊楠全集8』南方熊楠著(平凡社)1991年(平成3)
・『山びとの記』(木の国果無山脈)宇江敏勝(中公新書・中央公論
社)1980年(昭和55)
・『妖怪』谷川健一:「日本民俗文化資料集成8巻」『妖怪』谷川健
一(三一書房)1991年(平成3)
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