『新・ふるさとの神々』(上)加筆
第1章 山・谷・峠の神と怪物
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▼01-17「薮 神」
【略文】
昔の人は薮の中にも神さまがいると考えました。この神はおもに中
国地方、四国、九州で信仰されているようです。村の一隅、また屋
敷の中の隅にある薮の中にまつられる神で、しばしば人に祟るとい
います。まつられるといっても立派な社はなく、小さな祠がポツン
とあるだけのものが多い。
▼01-17「薮 神」
【本文】
昔の人は薮の中にも神さまがいると考えました。この神はおもに中
国地方、四国、九州で信仰されているようです。村の一隅、また屋
敷の中の隅にある薮の中にまつられる神で、しばしば人に祟るとい
います。
まつられるといっても立派な社はなく、小さな祠がポツンとあるだ
けのものが多い。地方でいわれる「ヤブサ神」、「ヤボサ神」と同じ
ものとも考えられるという。
人々は何かのはずみで旅人や奉公人を殺してしまったとき、その霊
が祟るのを怖がり、山伏や法印、巫女(みこ)などに相談し、祠を
つくり薮神としてまつりしました。また、地面から得体の知れない
墓石や、無縁仏の古い墓地などを掘り返し、僧侶などに頼んでまつ
ったりした薮神もあります。
薮神の中には、奈良県南部のように、薮から出てこどもを驚かした
り、佐賀県の小川島では時々夢枕にも立ったりするという。ここで
は畑の隅に残した木立にも宿っているといい「ヤボ神」というそう
です。
島根県西石見(いわみ)地方では、薮神を旧家の屋敷裏の森に小祠
を建ててまつています。それを「地主さん」とか「塚神さん」とも
呼んでいて、その森の木を伐ることは、厳しく禁じられています。
この「地主さん」というのは、「地主神」の意味ではないかという。
これは、森神信仰とも共通した面だそうです。
出雲の八束(やつか)郡、能義(のぎ)郡の東部などでは、「地主
さん」をまつるのは本家に限るとしているそうです。また、なかに
は屋敷のうち、小庭の一隅に小石を安置して、これがわが家の「地
主さん」だといって、格別の祭りは何もしていないという。
さらに隠岐では、「地主さん」は先祖さんだというところもあり、
西郷町(いまの隠岐の島町)では、母屋のうしろに「地主さん」と
称する石積みの小山がふたつあり、その一つは初代の墓で、もうひ
とつは2代目の墓だとしています(『日本の民俗・島根』)。
愛媛県の大三島(おおみしま)では、秋11月15日に風が吹いたり
すると、「薮神の荒れ」といって、翌年6月28日に行われる「山神
祭」の時に、なぜか「薮神」にも甘酒を供えるのだそうです。熊本
県天草郡には、部落の稲荷神社の社地の字の名が「ヤブサ」という
ところがあり、ここには以前「ヤブサ様」という神がまつられてい
たらしい。
これは矢房神(ヤブサドン)とも呼ばれていたそうです。このヤブ
サは、八房八大竜王(やぶさはちだいりゅうおう)の「八房」だと
いう。もともとは、天台系山伏によって伝導された竜神(水神)だ
ったそうですが、家や同族の神から、地域神としてまつられるに従
い、人に祟る荒い性格が弱まり、次第に農作や病気除けの神ともな
ったという説もあります。
鹿児島県薩摩郡下甑(こしき)村(いまの薩摩川内市下甑地域)瀬
々野浦の小薮山では、穢れたものが薮神をまつった山に入ると、祟
りで倒れ、またこの山の竹を伐ると海が大しけになるといい伝えら
れています。
「矢房神」はまた、戦の神として八幡太郎義家をまつったものとも
いう。これらはもともとたたる御霊(ごりょう)をまつりあげ封じ
込めて、村の鎮守とした神らしい。薮とは、制御されざる裏側の領
域ですが、物事が転換されて、新しく物が生み出される豊かな領域
でもあります。このようなことから、薮神は得体の知れない見えな
いものを形にあらわした神といえると専門家は解説しています。
▼【参考文献】
・『日本の民俗32・島根』石塚尊俊(第一法規出版)1973年(昭和48)
・『日本の民俗29・奈良』保仙純剛(第一法規)昭和47(1972)年
・『日本の民俗41・佐賀』市場直次郎(第一法規)1977年(昭和52)
・『民間信仰辞典』桜井徳太郎編(東京堂出版)1984年(昭和59)
・『妖怪・土俗神』水木しげる(PHP研究所)1997年(平成9)
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