▼01-08「人捜しの神」
【本文】
昔よくいわれた神隠し、人さらいなど行方不明になった人や、また
なくし物を探すために御利益のある神さまがあります。東京八王子
市にある今熊山(いまぐまやま)という山。今熊山は奥多摩の戸倉
三山、刈寄山(かりよせやま)の東方にあり、山頂は平地になって
いて今熊神社の山宮がまつられています。本宮は八王子市上川町の
今熊山登山口にあります。
第27代安閑天皇(あんかんてんのう)といいますから『日本書紀』
の計算でいけば、在位531〜535年という古墳時代後期の話になり
ます。安閑天皇が東行の時のこと、妃が浪花路で行方不明になって
しまったというのです。安閑天皇の配偶者は、皇后の春日山田皇女
(かすがのやまだのひめみこ)を含めて4人いますが、誰であるか
は不明です。一説には第28代宣化天皇(せんかてんのう)の妃・
橘仲皇女(たちばなのなかつひめみこ)という説もあります。
ま、それはともかく、妃が行方不明になり大騒ぎになっていたあ
る夜、天皇の夢枕に丹生大神(にうたいじん)(和歌山県伊都郡か
つらぎ町上天野にある丹生都比売神社の神)のお告げがありまし
た。「武州川口郷今熊山の神に詣で祈願すれば妃の居所はわかる」
というのです。
早速、勅使(ちょくし)(天皇の命令書を持ったお使い)がいまの
東京都八王子市の今熊山にやって来ました。そして山頂の社のま
わりを3回まわって祈願。大声で妃の名を呼んだところ、無事発
見できたという伝説があります。(后がどこで発見されたかは不
明)。
それからは人々はこの山を「呼ばわり山」と呼び、人捜しの神とし
て厚い信仰を集め、多くの人がお参りに来るようになったという。
この神は人間だけでなく、紛失した物を見つけたい時、山彦がこだ
まするほど大声で「呼ばわる」と帰ってくるといいます。かつては
時々、神隠しや人さらいでいなくなってしまった子供の名前を呼ば
わる、母親の声がこだましていたそうです。
この神はまた、「呼ばわる」と帰ってくるのとは、逆の意味で、子
供を親元から「呼ばわって」連れ去ってしまうでもあったというか
ら恐ろしい。1989年(平成1)に起きた連続幼女誘拐殺人事件で
の死体遺棄の現場はこの山だと噂されたのはそんなところから来て
いるのかも知れません。山宮裏の石碑にある天狗の文字や里宮にう
ちわの紋章があるのは、その犯人を天狗としているのでしょうか。
今熊神社の祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)、月夜見尊(つき
よみのみこと)。貞治(じょうじ)3年(1364)別当寺である正福
寺(しょうふくじ)が社殿を造営。今熊野山社権現としていました
が、1868年(明治元)神仏分離令により今熊神社と改称したとい
う。例祭には「家出人足止めの神事」という珍しいものも奉納され
ます。
境内には、大小天狗、山神、地神、水神、雷神、風神、愛宕大神、
天満大自在天神、そして日本国大小神祇などのある石碑があり、日
本国の全ての神々と大きい。今熊山頂の北に金剛ノ滝があります。
遠い神代に天上からお降りになった素戔嗚尊が、この滝で沐浴して
いたとき、折りからあらわれた大蛇を退治して出雲の国に向かわれ
たという。そのためここを大蛇谷(おろちだに)などとも呼ぶそう
です。
▼【参考文献】
・『奥多摩』宮内敏雄(百水社)1992年(平成4)
・『今熊神社看板から」
・『角川日本地名大辞典13・東京都』北原進(角川書店)1978年(昭
和53年)
・『新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本歴史地名大系13・東京都の地名』児玉幸多ほか(平凡社)
2002年(平成14)
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