『新・ふるさとの神々』(上)加筆
第7章 偉人・英雄神

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▼07-04「坂上田村麻

【本文】
 東北岩手山の神社奥宮は、かつては田村権現、田村大明神といっ
たといいます。この田村は坂上田村麻呂で、国土安泰を祈願して
ここに神社を創建したという故事があります。蝦夷退治で活躍し
たという田村麻呂の伝説は、東北地方全域にわたっています。ま
た北アルプスの有明山の魏石鬼(ぎしき)退治、常念岳山麓の常
願寺の創建などにもかかわる武将で、昔の教科書にも登場してい
ます。

 坂上田村麻呂は、平安時代初頭の武将。出身は大和の国明日香村
で勢力をふるった東漢氏(やまとのあやうじ)(古代に渡来した豪
族)の一族らしい。787年(延暦6)、近衛少将となり、以後越後
守など歴任、791年に征東副使のひとりとして、蝦夷との戦いに加
わりました。この戦いに功をあげ、797(延暦16)年には征夷大将
軍に任命されました。その後、右近衛大将、兵部郷、大納言などに
任じられ、正三位まで昇進し、811年(弘仁2)、54歳で没しまし
た。

 鎌倉幕府の歴史書『吾妻鏡』文治5年(西暦1189)(九月二十八
日の条)に、奥州の囚人の話として田村麻呂や後代の藤原利仁らが
岩手県平泉町の田谷窟(たつこくにいわや)(いまの達谷窟)に賊
主の悪路王、赤頭を封じ込めたとあり、すでにそのころには田村麻
呂の東征伝説が広まっていたことを示すものだとされています。

 このような田村麻呂伝説は、「元享釈書」では、駿河の清見関ま
でせめてきた高丸を討ったとし、それが後世の書物で次第に増幅さ
れ、賊の数も立烏帽子、高丸、大竹丸と増え、さらに高丸が立烏帽
子の倍の魔力を持ち、またまた大竹丸は高丸の倍と巨大化されてい
ったようです。伝説の分布は、東北地方全域から東山道(律令制七
道のひとつ)の長野県、東海道の静岡県・愛知・三重県、岡山県に
までおよぶといいます。

▼【参考】
・『吾妻鏡・二』龍粛(りょうすすむ)訳注(岩波書店)1997年(平
成9)
・『日本神話伝説総覧』(歴史読本特別増刊)(新人物往来社)1992
年(平成4)
・『日本架空伝承人名事典』大隅和雄ほか(平凡社)1992年(平成4)
・『日本伝記伝説大辞典』乾克己ほか編(角川書店)1990年(平成
2)
・『日本大百科全書10』(小学館)1986年(昭和61)
・『名山の日本史』高橋千劔破(河出書房新社)2004年(平成16)

 

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