『新・ふるさとの神々』(上)加筆
第6章 動物の神

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06-01「狼 神」

【略文】

オオカミは音が大神(おおかみ)に通じ、また大きく口の裂けた
姿から大口真神ともいわれます。オオカミは、山の神の眷属神と
もいわれ、万葉時代の昔から信仰され、いまでもオイヌ様と呼ばれ
ているほど。とくに奥多摩や、秩父一帯で多く信仰され、神社の
狛犬は、みなオオカミの姿をしています。

06-01「狼 神」

【本文】
 農家の門口に、オオカミの絵のあるお札を門口に張ってあるの
を見かけます。大口真神(おおぐちのまがみ)の文字も印刷して
あります。このお札は、奥多摩の御岳神社や秩父の三峰神社など、
奥多摩や秩父地方の神社で配布しているものです。これは火難盗
難よけにご利益があるといい、戸口や蔵前、田畑の中にまで張っ
たり立てたりしています。

 大口真神とはオオカミのことです。オオカミは音が大神(おお
かみ)に通じ、また大きく口の裂けた姿から大口真神という名前
がついたといいます。東京都青梅市には有名な御岳神社がありま
す。江戸初期の元和8年(1622)につくられた神社の社伝にはこ
んなことが書かれています。

 その昔、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征のおり、御
岳山にやってきました。一行がいまの御岳山奥の院あたりにさし
かかると突然、大きなシカがあらわれ、道をふさいでしまいまし
た。武尊はすぐに、大シカは邪神が変身した姿と見ぬき、ニンニ
クを投げつけました。ニンニクはみごとシカの目に命中。大シカ
はたおれましたが、その怨念で山や谷が「ゴーゴー」鳴り響き、
雲や霧が四方にたちこめてしまったという。

 日本武尊の一行は、一寸先が見えなくなってしまい、道に迷っ
てしまい身動きできなくなってしまったという。この時、白いオ
オカミがあらわれ、おもむろに道案内してくれたおかげで、一行
は無事旅を続けることができたといいます。

 日本武尊は、オオカミに向かって、「本陣に帰り火難や、盗難の
守護をするように」と命じました。それ以来、オオカミは、御岳
山の守護神になったというのです。御岳山の大口真神社は、この
神のオオカミを祭ってあるところだそうです。

 明治維新以前は「神狗供え所」といわれ、この「おいのさま」(オ
オカミの方言)へのお供えをするところだったという。ちなみに
奥多摩や、秩父一帯の神社の狛犬は、みなオオカミの姿をしてい
ます。オオカミは、山の神の眷属神といわれ、万葉時代の昔から
信仰され、いまでもオイヌ様と呼ばれています。

 また、長野県ではウブヤシナイとという風習があって、オオカミ
が出産するとだんごや餅を重箱につめてオオカミの巣の穴の入り口
に置いたりして、産神的な存在でもあったようです。オオカミは、
日本では明治時代にすでに絶滅したといわれますが、このような神
としてオオカミですから、いまでも生存を信じている人が多くいま
す。

 そもそも日本でオオカミが、最後に捕獲されたところは、奈良
県の吉野地方。1905年(明治38)年のことだそうです。当時、奈
良県東吉野村鷲家口地区に、大英博物館から派遣された東亜
動物学探検隊員のマルコム・アンダーソンという人が、日本のほ
乳類を集めるために滞在していました。

 そして数日前に、捕れたという若い雄オオカミを猟師から購入
しイギリスへ送りました。これが最後で、以後ニホンオオカミは
確認されず、絶滅したとされてきました。このニホンオオカミの頭
骨と毛皮はいまも大英博物館に保存されているそうです。

 ところがその後、オオカミに関する情報があちこちでささやか
れつづけ、十数年前にも東吉野村でニホンオオカミの群れを見た
という猟友会の人の話もあります。奈良県の大峰山系や、大台山
系のふもとでは猟犬がおびえて入らない山があるそうです。また、
オオカミらしい遠吠えを聞いた人、そのふんや足跡を見た登山者
などあとを絶ちません。

 そこで全国の愛好家が集まり、「日本オオカミ協会」を設立、「誘
い出し作戦」も行ったりしました。東京近辺では埼玉県の三峰山
でも行われてきました。ある年、その一環で行われた和歌山県大
塔村の法師山(1120m)の「誘い出し作戦」に参加してみました。
原生林が続く大塔山系にもオオカミ生存のうわさが後を絶たない
ところです。

 山頂に設置したスピーカーから、カナダオオカミの遠吠えを一
晩中流し続け、直下のコルでその反応を録音しよういうわけです。
ふもとの河原にテントがずらりと張られています。耳をすますと、
山頂からテープで流すオオカミの遠吠えが、かすかに聞こえてき
ます。

 降り出した雨は、やがて雪に変わり、積もりはじめました。暖
かいこの地方では滅多にないことだそうです。翌朝、再び山頂に
登り、スピーカーなど機材を撤収をします。あたり一面の白銀の
なか録音の確認。しかし残念ながらテープには、雨の音に混じっ
てジェット機の爆音が入っていただけでした。1995年3月のこと
でした。
【追記】:
 ネットニュースで「最後のニホンオオカミは、もっと後の1910
年(明治43年)に、福井県で捕らえられたオオカミだった。」とする
記事が掲載されました。明治43年(1910)8月3日の夕方、福井
市の福井城址内にあった松平試農場(明治26年<1893>設立、大正
10年<1921>移転)に、獣が迷い込んで、同農場の職員が捕まえて
殺してしまったのがそれだというのです。その翌日、オオカミは写真
に撮影されています。

 その後、剥製にされて、福井市内の小学校に保管されましたが、
昭和20年(1945)に戦災で焼失してしまったという。その後、当地
にたまたまきていた巡回動物園から逃げたチョウセンオオカミだと
する見解などとされていました。しかし新たな調査の結果、写真、
試農場の記録(日記)、当時の巡回動物園の職員の証言などから、
本物のニホンオオカミだったとされています。

▼【参考文献】
・『奥多摩風土記』大館勇吉著(武蔵野郷土史研究会)1975年(昭
和50)
・『民間信仰辞典』桜井徳太郎編(東京堂出版)1984年(昭和59)
・『山の人生』柳田国男:『柳田国男全集・4』(筑摩文庫)1989年
(昭和64・平成1)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)

 

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