『新・ふるさとの神々』(上)加筆
第5章 仙 人

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▼05-10「日本武尊(やまとたけるのみこと)」

【略文】

日本武尊も仙人だそうです。「記紀」にも記載、『本朝神仙伝』では日本
の37仙のトップに選出。武尊が東征の際、立ち寄った山は多い。奥秩
父の雁坂峠で道に迷っていたところ、白いオオカミが三峰神社まで案内
してくれたという。そこでオオカミは「お犬さま」とあがめられ、秩父周辺で
はオオカミの狛犬がまつられています。

※下記イラストは神奈川県丹沢表尾根二ノ塔直下の大和武尊

▼05-10「日本武尊(やまとたけるのみこと)」

【本文】
 日本武尊(やまとたけるのみこと)は、『日本書紀』や『古事記』
に、また『風土記』(とくに『常陸国風土記』に詳しい)などに伝
承される仙人です。日本の37人の仙人を選び出している平安後期
の本『本朝神仙伝』ではトップに選び出されています。

 日本武尊が、第12代天皇とされている父の景行天皇(けいこう)
の命で、西方の賊の平定を果たして帰国すると、こんどは東方「十
二の国」の荒ぶる神や従わぬ地方の王族の征討(蝦夷東征)を命じ
られます。「十二の国」とは、伊勢、尾張、参河、遠江、駿河、甲
斐、伊豆、相模、武蔵、総(安房・上総・下総)、常陸、陸奥をいう
のだそうです。

 まず伊勢神宮に参拝した日本武尊は、早速蝦夷東征に出発するの
でした。この東征で日本武尊が立ち寄った山は多い。奥秩父の雁坂
峠で道に迷っていたところに白いオオカミがあらわれ、いまの三峰
神社の場所まで案内してくれたという。このことにちなみ、オオカ
ミは神の眷属として「お犬さま」とあがめられ、秩父周辺ではオオ
カミの狛犬がまつられています。

 各地で活躍した武尊一行は、相模の国(神奈川県)に入り、丹沢
大山に行こうとしますが、山中で途中で飲み水がなくなり、兵士た
ちもすっかり弱ってしまいます。そこで武尊はそばにあった岩を踏
みつけました。すると岩についた足跡から水がわき出て、一行は助
かったという。その足跡が丹沢表尾根、二ノ塔南ろくにいまでも残
っています。このようにして、相模国から浦賀水道を渡り、房総半
島の鹿野山めざして北上します。

 房総の鹿野山にはこんな話が伝わっています。昔、房総の高殿
に住んでいた国王の阿久留王は、巨人ダイダラボウを国神とし、
平和に暮らしていました。ある時、相武(さがむ)の国から逃れ
てきた国造が、「大和がわが国を襲った。強大な大和国は、まつろ
わぬ国々を次々と国を奪い人々を殺している」といいました。「な
ぜ安らかな国々を侵すのか」。「わからぬ…」。やがて大和武尊の軍
船が上総へ上陸し、家々を焼きながら進んできます。

 阿久留王たちは必死に抵抗しましたが、強大な大和の軍勢は執
ように攻め続け、とうとう鹿野山の国王一族を討ち取り、ついに
この国も治めてしまったということです。その時の残虐さはいま
でも伝説として残り、討たれた王は鬼とされて鹿野山周辺に伝え
られています。文字通り「勝てば官軍」なのですね。

 日本武尊の軍隊は、さらに茨城県筑波山から秩父両神山を経て上
州武尊山(2518m)に向かいます。この山でも武尊の伝説は展開
します。この山頂、沖武尊近くの川場武尊や前武尊にも日本武尊
の像があります。上州武尊山を含んだ群馬県利根郡には16もの武
尊神社があり、すべて日本武尊を祭神としています。昔、武尊山
に悪者がはびこり、村人を困らせていることを聞いた日本武尊が
討伐に出向きます。形勢不利とみた悪者の首領夫人は土出に逃げ
ようと、山麓片品村の花咲集落に下りましたがそこで息絶えます。
その首領夫人の霊魂により石に花が咲いたと伝える「花咲石明神」
が、いまでも花咲集落中心部にあります。

 また、武尊沢にある裏見ノ滝は「怨みノ滝」の意味で、尊がこ
の山に陣を敷いたとき、妻が産気づき、看護の甲斐なく母子とも
に亡くなってしまいました。尊は悲しみ、裏見ノ滝で身を清めよ
うとしたところ、滝の音が急に大きくなり妖気がただよいだした
という。これは妻の怨みのあらわれとみた尊はよりあつくとむら
ったと伝えています。

 こうして東北まで平定し、尾張にもどった武尊は、近江の伊吹
山に悪神がいると聞き、草薙剣(くさなぎのつるぎ)を美夜受比
売(みやずひめ)にあずけ、素手で立ち向かいました。しかし、
たちまち山の神の化身である大蛇の妖気当たり(伊吹山の神の降
らす氷雨に惑わされたとの説も)、意識を失ってしまいました。居
寤清泉(いさめのしみず)(醒ヶ井)でいったん回復したのち、た
ぎ野、杖衝坂と、杖を突きながら進むにつれ疲労は増して、三重
に着いたときは足が「三重」に折れるような状態だったという。

 そして能褒野(のぼの)(鈴鹿市)に着き、大和の国をしのんで
「思国歌(くにしのびうた)」を詠んで息絶えたと伝えています。
その後白鳥になって奈良を目指して飛び去ったという。伊吹山頂
には、ユニークな四等身くらいの日本武尊の石像がまつられてい
ます。

 この白鳥が遠く千葉県の鹿野山に飛んできたという伝説もあり、
鹿野山の一峰・白鳥峰肩には日本武尊をまつる白鳥神社があり、
境内に浦賀水道で入水した弟橘姫(おとたちばなひめ)の祠もあ
ります。

 そのほか日本武尊にちなんだ山々は思いついただけでも、自分
の妻が恋しくなって「吾妻よ」といったことに由来するとの説もあ
る東北吾妻山、群馬県と長野県境の四阿山、茨城県加波山、筑波
山から八日間かけて到着したとされる両神山、秩父の宝登山、武
尊が武具・甲(かぶと)をまつったとされる武甲山、塔ノ岳、富
士山、恵那山神坂峠、奥多摩御岳山など数知れず。また各地に日
本武尊をまつる神社が散在するのはご存じのとおりです。

▼【参考文献】
・『古事記』:新潮日本古典集成・27『古事記』校注・西宮一民(新
潮社版)2005年(平成17)
・『仙人の研究』知切光歳著(大陸書房)1989年(昭和64・平成1)
・『日本架空伝承人名事典』大隅和雄ほか(平凡社)1992年(平成
4)
・『日本伝奇伝説大事典』編者・乾勝己ほか(角川書店)1990年(平
成2)
・『日本伝説大系4・北関東』渡邊昭五ほか(みずうみ書房)1986
年(昭和61)
・『日本伝説大系・5」(南関東)宮田登ほか(みずうみ書房)1986
年(昭和61)
・『本朝神仙伝』大江匡房著(日本古典全書・古本説話集 川口久
雄・校注)(朝日新聞社)1971年(昭和46)

 

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