『新・ふるさとの神々』(上)加筆
第4章 天狗神

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▼04-「四国・白峰山相模坊と石鎚山法起坊」

【本文】
 四国には、(1)香川県坂出市白峰山にすむ相模坊天狗と、(2)愛媛
県石鎚山の法起坊(ほうきぼう)天狗、(3)香川県象頭山にすむ金剛坊、
(4)同じく象頭山趣海坊、(5)香川県五剣山の中将坊天狗と、合わせて
5狗もいます。

 (1)白峰相模坊は、日本の天狗の有名度の物差しにもなっている「日
本八天狗」にも入っている大天狗です。もとは名前のように、相模の国
(神奈川県)丹沢大山(1252m)にすんでいましたが、いつのころかここ、
白峰山に移ったという。

 白峰山の中腹には四国霊場第八十一番札所白峰寺があり、境内に崇
徳上皇陵があります。平安時代の保元元年(1156)、保元の乱で敗れこ
こ讃岐(香川県)に流されました。崇徳院はここ白峰の岩牢の中で8年間
の悲憤の生活、46歳の生涯を終えます(長寛2・1164)。

 崩御した院のそばで、その霊を慰めていたのが相模坊天狗とその配
下たちだったという。その後、仁安(にんあん)3年(1168)、西行が崇徳
院の墓に詣でた時、崇徳院の怨霊と問答したという話があります。「御衣
は柿色のいたうすすびたるに、手足の爪は獣のごとく生(おひ)のびて、
さながら魔王の形、あさましくもおそろし。空にむかひて「相模(さがみ)、
相模」と叫(よば)せ給ふ。「あ」と答へて、鳶(とび)のごとくの化鳥(けて
う)翔(かけ)来り、前に伏(ふし)て詔(みことのり)をまつ」という件(くだり)
が『雨月物語』(巻之一白峰)にあります。

 この鳶のような鳥が相模坊天狗です。このころはまだ狩野元信が鼻の
高い天狗を創作していなく、天狗といえばカラス天狗だったわけです。崇
徳院は相模坊に向かっていいます。なぜ早く平重盛の命をとって後白河
上皇や平清盛を苦しめないのか。すると化鳥は、後白河上皇の福運はい
まだつきておりません。重盛の忠義にも近づき近寄りかねます。

しかしいまから干支(えと)を一回りし12年たてば、平重盛の寿命がつき
て平家一族の幸いも亡びましょう、と相模坊天狗は断言します。そして干
支が一周した13年後、その言葉どおり平重盛は重い病で世を去ってか
ら平家一門は滅亡しています。もちろんこれは『雨月物語』の作者・上田
秋成が平家滅亡の年数を計算しての上の構成だといわれてはおります
が……。

 もう一狗は、(2)愛媛県石鎚山の石鎚山法起坊です。石鎚山も役ノ行
者が開山したという。大昔、役ノ行者がこの山に蔵王権現をまつってから
修験の山と仰がれました。その後、行者の亜流とされる石仙道人が登山
道を開き、登山者のため中腹に成就社を建立。中世以後は、神仏習合
修験の山になり、本尊は石鎚蔵王権現。

 ここの天狗について、「石鎚山勤行法則」という文書には、「南無眷属
宝(法)起坊、大天狗、小天狗、十二八天狗、有摩那天狗、数万騎天狗
にに至るまでうんぬん」とあるそうです。天狗岳には大天狗法起坊と眷属
の小天狗たちがウジャウジャいるのです。

 それをとりまとめるのが法起坊大天狗。ところでここを開山した役ノ行者
は、江戸時代後期の寛政11年(1799年)に、天皇から神変大菩薩(し
んぺんだいぼさつ)というおくり名を貰うまでは、法起菩薩とか法起大菩
薩と呼ばれていました。法起とは役ノ行者の法号だったのです。そんなこ
とから石鎚山法起坊は、役ノ行者の化身ではないかともいわれていま
す。

 つぎは、(3)香川県象頭山にすむ金剛坊。有名になる前の金毘羅さま
は、象頭山の松尾寺金光院の境内に金比羅堂がまつられているだけの
脇役だったという。それが江戸時代のはじめ、水難救済の霊験あらたかと
の評判がたつにつれて、金比羅堂と金光院の関係は逆になっていきまし
た。

 この天狗は、金光院の院主の実盛上人という人が、ある時象頭山の山
上で霊感に触れ、生きながら金剛坊天狗に変身したもの。以来、象頭山
を守っているという。その形は、山の開山堂に安置してある剛坊像の姿の
とおり、高さ3尺5寸(106cm)位の山伏姿だという。

 金剛坊天狗の霊力を、即金比羅神の神力とまでされる金比羅さまの人
気に、天狗研究者の知切光歳氏は、「金剛坊にとっては光栄この上ない
話であるが、さて、琴平宮側がそれではおさまるまい」とみています。

 さらに(4)同じく香川県象頭山にすむ趣海坊。象頭山趣海坊は、神城
騰雲(とううん)を天狗界に引き入れた天狗です。この天狗は、各地の山
々を飛翔しあるくなど、神通を発揮してはいますが、江戸を中心に出没
することが多く、関東方面担当の渉外天狗あたりだろうとされています。

最後は、(5)香川県五剣山の中将坊天狗です。五剣山は八栗山の異名
もあります。低山ですが山頂付近はかなりな岩のくさり場があります。昔は
修験者が各所の行場で修法を凝らしたものだという。それらの行者たち
がこの山の天狗、五剣山中将坊の名を称えはじめた天狗。地元の地誌
にはよく登場する天狗らしい。

▼白峰山【データ】
【所在地】
・香川県坂出市。予讃線国分駅の北北西3キロ。
【位置】
・白峰山:北緯34度19分50.32秒、東経133度55分43.49秒
【地図】
・2万5千分の1地形図:白峰山

▼【参考文献】
・『雨月物語』上田秋成:日本古典文学全集48『雨月物語』高田衛
校注・訳(小学館)1989年(平成1)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『図聚天狗列伝・西日本』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭和52)
・『太平記』第三十三巻:岩波文庫『太平記五』兵藤裕己校注(岩
波書店)2016年(平成28)
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本大百科全書12』(小学館)1986年(昭和61)
・『日本伝奇伝説大事典』乾克己ほか編(角川書店)1990年(平成
2)
・『日本霊異記』景戒著:日本古典文学全集6『日本霊異記』中田
祝夫校注(小学館)1933年(昭和8)
・『保元物語』作者不詳(平安後半):新日本古典文学大系43『保
元物語』栃木孝惟校注(岩波書店)1992年(平成4)

 

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