『新・ふるさとの神々』(上)加筆
第4章 天狗神

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▼04-22「北アルプス・立山の天狗

【略文】
江戸時代の『甲子夜話』に、立山にある大きな洞くつで僧や山伏
たちが「権現」呼ぶ天狗を中心に宴会、笙、ひちりきに合わせて
舞いをはじめたという話が載っている。洞窟は室堂近くの天狗平
にあり、権現坊は首領縄乗坊の配下の、それも上の位の天狗だろ
うと研究者はみている。
・富山県立山町。

▼04-22「北アルプス・立山の天狗

【本文】
 立山は、富士山、白山とならんで「日本三霊場」と称される信
仰の山。『立山縁起』という本によれば飛鳥時代に開山されたとい
う。有名な地獄谷の異様な景観にも驚かされます。ここには数千
もの天狗がおり、それを立山の天狗の首領縄乗坊大天狗が仕切っ
ているといいます。

 この天狗は山伏が唱える「天狗経」の中の四十八狗にも名を連
ねています。江戸時代、備前(佐賀県)平戸藩主松浦靜山が書い
た『甲子夜話』巻之七十三「六・天狗界の噺」にこんな話が出て
います。

 「上総の国 夷?(いしみ:夷隅)郡。蓋(けだし)この処の農
夫源左衛門、酉の五十二歳が在り。この男嘗(かつて)天狗に連
往(つれいか)れたと云。その話せる大略は、七歳のとき祝に馬
の模様染たる着物にて氏神八幡宮に詣たるに、(…(中略)…)十
八歳のとき、嚮(さき)の山伏又来たり云ふ。迎に来れり。

 伴ひ行くべしとて、背に負ひ目を瞑(ネム)りゐよ迚(とて)、
帯の如きものにて肩にかくると覚へしが、風声の如く聞へて行つ
ゝ、越中の立山に至れり。このところに大なる洞ありて、加賀の
白山に通ず。その中塗(と)に二十畳も敷き鋪(しきた)らん居
所あり。

 ここに僧、山伏十一人連坐す。誘往し山伏名を権現と云ふ。又
かの男を長福房と呼び、十一人の天狗、権現を上座に置き、長福
もその傍に座せしむ。此とき初て乾菓子を食せりと。

 又十一人各(おのおの)口中に呪文を誦(しょう)する体なり
しが、頓(やが?(大字典)・にわかにの意味)て笙(しょう)篳
篥(ひちりき)の声して、皆々立更(たちかわ)りて舞楽せり。
かの権現の体は、白髪にして鬚長きこと膝に及ぶ。穏和慈愛、天
狗にてはなく僊人(せんにん)なりと…」。

 …ある時、千葉県上総(夷隅)の農夫の源左衛門という人が天
狗にさらわれました。そして富山県立山にある大きな洞くつに連
れこまれました。その源左衛門の話をまとめてみると次のようで
す。

 大きな洞窟は、加賀(石川県)の白山まで通じているという。
なかには20畳もの広さのある居所があって僧や山伏が11人もなら
んで座っています。僧たちは源左衛門をさらってきた天狗を上座
へ座らせ「権現」と敬って呼び、乾菓子を食べはじめます(天狗
は、ふだんはほとんど飲んだり食べたりしないのが普通です)。

 やがて笙(しょう)、ひちりきに合わせて舞いをはじめたという
のです。この11人の坊さんたちは天狗に間違いなく、権現と呼ば
れている天狗こそ、立山の天狗の首領縄乗坊の傘下のなかでも、
幅利きの天狗であろうと研究者はみています。

 この洞くつは室堂近くの天狗平周辺にあり、縄乗坊のすみかに
なっていたのではないかとされています。いまシーズンは室堂を
中心にツアーの観光客が押し寄せ大にぎわい。土産物屋から喫茶
店までならびます。五月の連休から雪を削っての道路づくり。壁
の中をバスが行き交い、それを見にまたツアーを組む。うすれゆ
く天狗伝説に、天狗の姿もかすむ一方です。
▼天狗平【データ】
【所在地】
・富山県中新川郡立山町。富山地方鉄道立山線立山駅の東14キロ。
富山地方鉄道立山駅からケーブル、美女平駅からバス、天狗平。
天狗平山荘と、立山高原ホテル、写真撮影による標高点(2309m)
がある。地形図上には地名と山荘名、ホテル名、標高点の標高の
記載あり。
【位置】
・天狗平:北緯36度34分43.95秒、東経137度34分51.95秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「立山(高山)」or「剱岳(高山)」(2図葉
名と重なる)

▼【参考】
・『図聚天狗列伝・東日本編』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭
和52)
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)

 

 

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