■013・岩手山
「座頭清水の鬼」
岩手山は文字通り岩手県の雫石町と八幡平市・滝沢村との境にそ
びえる山(標高2028m)。その呼び名も多く、厳鷲山(がんじゅ)、岩手
富士、南部富士、南部片富士、厳手山、磐手山、岩堤山、霧山岳、
薬師岳、薬師ヶ天井などとあります。
一般的な呼び名の岩手山という名にも、いくつもの説があります。
「岩手」の由来について、凶暴な鬼が改心し、その証拠として岩の
上に手形を押したとする説。また、玉山村渋民(いまの盛岡市渋民)
にある突き出た巨岩にちなんだ、「岩出の森」からの説。
アイヌ語のイワァ・テェケ(岩の手・枝脈)説、イワァ・テェ(岩
地の森林)によるなどの説があります。さらに別名の厳鷲山という
のは、残雪の雪形がワシの形に似ているからとのことです。山の姿
はふもとから眺める角度によって、まるっきり別の形見えます。
岩手山もその一つ、東の方からの見るとすそ野が長く富士山に似
ています。しかし、西の方からは、全く別の形に見えるために、「南
部片富士」とも呼ばれます。岩手山は古い時代にできた西岩手山と、
新しくできた東岩手山からできています。その姿は、西岩手山火口
の東壁の部分を新しい東岩手山が、覆い被さる形になっています。
また有名な「ふるさとの山に向かひて 言ふことなし ふるさと
の山はありがたきかな」の歌は、石川啄木の歌集『一握の砂(いち
あくのすな)』に収められている岩手山を詠んだものだそうです。
このような自然豊かな岩手山の信仰は、山そのものを神体とする自
然崇拝に、阿弥陀、薬師、観音の信仰などの要素が加わり、「厳鷲
山大権現」となって、次第に人々の信仰を集めるようになっていき
ます。それはまた修験道とも結合していくのでした。
蛇足ながら、この三尊についての伝承もあります。鎌倉時代初頭
に書かれた「陸奥州岩手郡岩鷲山縁起」(建久元年・1190)という
文書に、「本尊阿弥陀、薬師、観音鎮座の由来を尋ぬるに、聖武天
皇の世大和国宝積寺に行基登りければ、大木の根本より光さして百
歳ばかりの老人がおり、行基に向かい其方を待つこと百年余りなり、
この大木で阿弥陀、薬師、観音の三尊を刻めといってから辰巳をさ
して飛び去った」との記述もあります。
この厳鷲の由来についてもいろいろな説明がなされています。明
治7(1874)年の「岩手山神社考証書」には、平安時代の長治年中
(1104〜06)ころ「山上ノ岩ニ鷲?(たびたび)現レテ、其レヨ
リ厳鷲山ト称シ来(た)レリ」としています。また江戸時代の旅行
家菅江真澄は、「嵩(かさ・高い所)に鷲のすがたしたる岩の在れ
ば厳鷲山(ガンジュサン)ととなへ(唱え)、おいはわし(御岩鷲)
といふべきを、もはら語路(語呂)あしく、はぶきていへり」とあ
り、本来なら「御岩鷲」(おいわわし)というのを語呂が悪いので
「いわて」といったのだと記しています((『菅江真澄全集第一巻』
「岩手の山」)。
岩手山は、ふもとの古くから人々に愛された山。そのため、「早
池峰、姫神、送仙山との伝説」や「鬼の大猛丸」「奥宮と田村麻呂」
など、いろいろな伝説があります(ほかの作品で発表済み)。以下
はその中のひとつ。この岩手山の北側山ろくには、「座頭清水」と
呼ばれている七つの泉群が湧き出していて、環境庁の「名水百選」
に選ばれています。これらの湧水は、岩手山の滝水が伏流水となっ
てわき出ています。
この湧水群の伝説です。その昔、この清水から落ちる滝のヌシで、
七つの頭をもつ大蛇がすんでいました。ある日大蛇は、山里に下り
るため、地面の中にもぐりました。地中をあてずっぽうに進んでい
くうちに、地表にあらわれてしまいました。その頭が飛び出たとこ
ろから水が湧きだしました。蛇が頭を出したそこは「蛇頭清水」と
呼ばれました。それがなまっていまの「座頭清水」になったのだそ
うです。
この清水で目を洗うと、見えない目が見えるようになるといいま
す。かつてここには暴れものの鬼がすんでいたということです。村
人は暮らしが脅かされ、それは困っていました。たまりかねた人々
は相談して、灰のつぶてを鬼に投げつけて目をつぶしてしまいまし
た。鬼はその痛さに苦しみもだえています。
そこへ清水の神さまがあらわれました。鬼は自分の悪業を悔いあ
やまり、神さまにすがりつきます。清水の神は、鬼の悪業をさとし、
この清水の冷水で目を洗えば治ることを教えてやりました。以来こ
の清水は、ジャド(盲人)(座頭)が治る清水、「座頭清水」と呼び
霊場になったということです。
▼岩手山【データ】
★【所在地】
・岩手県岩手郡雫石町と八幡平市・岩手郡滝沢村との境。いわて銀
河鉄道滝沢駅の北西12キロ。JR東北新幹線盛岡からバス、柳沢か
ら歩いて5時間半で岩手山。外輪山火口壁薬師岳に一等三角点(20
38.2m)がある。外輪山南東側に岩手山神社の奧宮がある。
★【位置】
・一等三角点:北緯39度51分09.39秒、東経141度00分03.6秒
★【地図】
・2万5千分の1地形図「大更(盛岡)」or「松川温泉(秋田)」(2
図葉名と重なる)(国土地理院「地図閲覧サービス」から検索)
★【山行】
・1989(平成1)年7月30日(日・ガス晴れ)
▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典3・岩手県』高橋富雄ほか編(角川書店)1985
年(昭和60)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『東北の山岳信仰』岩崎敏夫(岩崎美術社)1996年(平成8)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本三百名山』毎日新聞社編(毎日新聞社)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本歴史地名大系3・岩手」(平凡社)1990年(平成2)
・『名山の日本史』高橋千劔破(河出書房新社)2004年(平成16)
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