『伝説と神話の百名山』

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■008幌尻岳「シロクマと七つ沼」

 幌尻岳(ぽろしりだけ)というと、北海道平取(びらとり)町と
新冠(にいかっぷ)町との境にある山のほかに十勝側にもあります。
そのため、こちらを「日高幌尻岳」というのに対して、十勝側の山
を「十勝幌尻岳」と呼んでいます。ポロ・シリはアイヌ語で「大き
な・山」の意味だそうです。この山ろくは源義経伝説で有名なとこ
ろ(後述)。

 幌尻岳(日高幌尻岳)には、氷河の痕跡とされるカールが3つも
あります。すなわち、幌尻岳山頂と戸蔦別(とったべつ)岳との鞍
部・東直下の「七ツ沼カール」、山頂東下にある「東カール」、そし
て山頂北下の「北カール」です。

 なかでも七ッ沼カールは、夏には高山植物のお花畑が広がり、テ
ント場としても絶好の場所。しかしそこは稜線鞍部付近からの急斜
面を降ります。

 その七ッ沼カールにはこんな伝説が伝わります。「その昔、日高
に住むアイヌが、幌尻岳に登り大きな沼を見つけました。その沼に
は、白い熊が遊んでいました。アイヌは、白熊と七ッの沼、その神
秘な光景に、しばらく見とれていました。すると耳元で、ここで目
にしたものは誰にも話してはならぬ、との声。

 見ると声の主の姿は消えていました。しかしアイヌは、村に帰り、
そのまま話してしまったのです。その後しばらくして、彼は行方不
明になりました。それ以来、白熊のすむ美しい七ッの沼は、アイヌ
の人たちから恐れられた場所になったということです。

 ところで先述したように、幌尻岳山ろくの平取、新冠は、義経渡
来伝説があるところ。平取町には義経神社、義経公園、はたまた常
磐御前(ときわごぜん)碑、静御前碑、義経峠、さらに 新冠町に
は判官館森林公園(はんがんだてしんりんこうえん)というのもあ
ります。


 そのほかにも道内各地には、源義経にちなんだ地名遺跡がたくさ
んあるのです。ご存じ源義経は、鎌倉時代のはじめ、兄の源頼朝に
追われ東北の平泉に逃れ、匿われましたが、の文治5年(1189)、頼
朝の圧力に屈した奥州平泉藤原氏四代・泰衡の裏切りにあい、衣川
(岩手県胆沢郡)で生涯を終えたという。

 しかし、しかしですよ(これからが本番)、討たれた義経は実は
影武者で、本物の義経はひそかに落ち延びたというのです。義経一
向は、青森県の竜飛(たっぴ)岬から津軽海峡を渡り、北海道に逃
れたというのです。さらに北海道から大陸に渡り、やがて成吉思汗
(ジンギスカン)になったというのですから話はデカイ。

 徳川幕府の大学頭であった林羅山も著書『本朝通鑑』(ほんちょ
うつがん)第九「続本朝通鑑」に、「衣川之役、義経死セズ、逃レ
テ蝦夷島ニ至ル」と記しています。幌尻岳山ろくの平取町にある義
経神社の社伝には、「義経一行は蝦夷地白神(現福島町)に渡り、
西の海岸を北上し、羊蹄山麓をまわり、日高ピラトリ(現平取町)
のアイヌ集落に落ち着いた。

 そこで義経は外国の侵攻からアイヌ民族を守り、そのかたわら農
耕、舟の作り方と操法、機織などを伝授した。アイヌの民からは「ハ
ンガンカムイ」とか「ホンカンカムイ」(アイヌ伝承の創造神であ
るオキクルミの再来)と呼ばれ敬われ、のちには神としてまつられ
た」といいます。

 でも逆の説もあり、「義経はアイヌ民族から宝物を奪った大悪人」
という言いつたえもあるそうです。一方幌尻岳山頂には大きな湖が
あるという伝説もあります。アイヌ語で「カイカイゥシト」とか「カ
イカイウント」と呼ぶ湖だそうです。そこはいつもさざ波がたって
いて、「昆布や海の魚もすむ沼」だといいます。そして「沼を見た
人は必ず死ぬ」のだと伝えられます。

 幌尻岳の山頂は展望が雄大で、日高山脈の峰々から、遠く芦別岳、
大雪山、十勝連峰、はるかに羊蹄山まで望めます。植物も豊富で、
オオバキスミレ、エゾハクサンチドリ、キバナシャクナゲなどが咲
きます。7月に咲くエゾサイコは幌尻岳とアポイ岳にしか見られな
い珍種だそうです。


▼幌尻岳【データ】
★【所在地】
・北海道日高市庁沙流郡平取町と新冠郡新冠町との境。JR日高本
線富川駅からバス、振内案内所バス停、タクシー(1:10)で林道(第
一)ゲート、歩いて5時間30分で幌尻山荘、さらに歩いて5時間で
幌尻岳。2等三角点(2052.36m)がある。

★【位置】国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から
・2等三角点:北緯42度43分09秒.9665、東経142度40分58秒.4171

★【地図】
・2万5千分1地形図名:幌尻岳


▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典1・北海道(上)』(角川書店)1991年(平
成3)
・『日本架空伝承人名事典』大隅和雄ほか(平凡社)1992年(平成
4)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本三百名山』毎日新聞社編(毎日新聞社)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本の山1000』(山と渓谷社)1992年(平成4)
・『日本歴史地名大系1・北海道の地名』高倉新一郎ほか(平凡社)

 

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