【天狗のはなし】

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▼020「神奈川県・箱根大雄山の天狗」

最乗寺の道了尊天狗は、もと滋賀県大津の有名な三井寺の行者。
三井寺の古い記録には相模坊道了と記載。同じ相模出身の了庵慧
明禅師が、箱根に最乗寺を建てることを聞くと、にわかに天狗の
姿に変身、手伝いをすべく東に向かい飛び去ったという。
・神奈川県小田原市と箱根町との境
▼020「神奈川県・箱根大雄山の天狗」

【本文】
 山の妖怪ででおなじみの天狗。いろいろな天狗がいますが、な
かでも前身がはっきりしているのが大雄山最乗寺(だいゆうざん
さいじょうじ)の道了尊(どうりょうそん)です。この天狗の前
身は、滋賀県大津の有名な三井寺(園城寺)の行者だったという。

 三井園城寺の古記録「北林院日記」というものには相模坊道了
の名で出ておりいまでいう神奈川県の出身らしい。道了は南北朝
時代の北朝の元号の至徳(しとく)元年(1384)に聖護院門跡の
峰入の先導をつとめ、康応元(1389)年、三井寺の長吏の上任式
には、衆僧720人、式衆20人の中から選ばれて「散華」という晴れ
がましい役を引き受けます。

 明くる年の足利三代将軍義満の屋敷での尊星王法修法にお供を
し、その10日後相国寺では十一面秘法を自ら修めるという大行者。
しかし、同郷の相模出身の了庵慧明(りょうあんけいめい)禅師
が、箱根に最乗寺を建てることを聞くと、にわかに天狗の姿に変
身しました。

 そして西の窓から金堂前の大杉に飛び移り、東の方に向かい飛
び去ったというのです。それは了庵が最乗寺開山を思い立った前
年の明徳4年(1393)の9月17日だったとあります。

 いま最乗寺で発行されている道了尊の影符は、伝承では羽が生
えとしているのに、みんな羽がない像になっています。この羽を
なくした(落とした)時期について『道了大薩?伝』には、「延宝
四年(1676・江戸時代)、輪住(※代わり番こに勤める)二百十四
世、鼇山(べつざん)正雪和尚の代に、薩?(道了)は両羽翼を
脱落せられた奇瑞(※きずい・吉兆)の事実がある。

 爾(※しか)りしより薩?の姿に羽翼はなく、之(これ)を羽
がい落ちの影像と称している」とあります。羽がなくなったとい
うのは、カラス天狗などの鳥類から一段神に近く格上げされたと
いうことでしょうか。

▼【参考文献】
・『図聚天狗列伝・西日本編』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭
和52)
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)

 

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【とよだ 時】 山と田園風物漫画
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 (主に画文著作で活動)
【ゆ-もぁ-と】事務所
山のはがき画の会

 

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