山の伝承【山岳はがき画】(05)
とよだ 時(とよた時改め)
山岳漫画・農山村の風物画文 (主に画文著作で活動)

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▼大明神の愛馬がすむ・阿蘇山

【序文】
140字
最高峰の高岳頂上には阿蘇大明神の愛用の白馬のすみか。いまでも
秋の十五夜には姿を見せるという。また、肥後国の猫は7歳になる
と根子岳へ修行に来るという。そして迷った旅人をおびき寄せ、寝
ている間に食べるという。
・熊本県阿蘇市、阿蘇郡高森町、南阿蘇村にたがる。

郵便はがき画

山のはがき画の会

▼大明神の愛馬がすむ・阿蘇山

【本文】
阿蘇山には阿蘇山という山はなく、阿蘇カルデラの中の中岳を中心

とした中央火口丘の総称です。その外輪部は60万年前から噴火活

動してきた山々。何回もの爆発でいまのようなカルデラができたと

いう。阿蘇山中央の火口丘には「阿蘇五岳」と呼ばれる峰々があり

ます。



この火山群を巨大な火口原であるカルデラが取り囲んでいるので

す。その大きさは、東西18キロ、南北25キロ、周囲は130キロも

の広大さ。この中に阿蘇町、高森町、一宮町など3町3村がすっぽ

りと収まっているというからものすごい。さすが世界最大級といわ

れるカルデラです。



「阿蘇五岳」というのは、東側から根子岳(ねこだけ・1408m)、

高岳(たかだけ・1592m)、中岳(なかだけ・1506m)、杵島岳(き

しまだけ・1321m)、烏帽子岳(えぼしだけ・1337m)の5峰。最

高峰は高岳。中岳の火口はいまも噴煙を上げつづけています。この

山なみを東側を仏さまの頭にした寝姿になぞらえ、寝観音とか涅槃

像などと呼ばれます。



カルデラ内には、ほかにも多くの火山群があり、大小50余りの火

口跡もあります。この山が爆発した時の火砕流や火山弾など噴出物

は、四国や中国地方にまで達し、火山灰にいたっては北海道の東部

地方にまで大量の灰を降らせたらしい。この火の山のふところに旧

石器時代・縄文時代の遺跡が分布されているというから、恐らく1

万年以上も前から人間が住みついていたらしいという。



この火の山阿蘇の名は、中国まで知られていたらしいく、7世紀前

後に成立した『隋書倭国伝』にも出てきます。いわく「有阿蘇山、

其石無故火起接天者、俗似為異、因行祷祭」。阿蘇山有り。その石

故無くして火起こり(なんの仕掛けもないのに火を起こす山があり、

人々は噴火を異変として祭祀を行っている)とあります。古代の朝

廷でも火口にある池を「神霊池」といい、水が涸れると爆発する前
兆だとして恐れ祈祷しました。



ところで山名の「アソ」とは、アイヌ語の「火を噴くところ」、す

なわち「火の山」に由来するといわれています。ほかに梵語やヘブ

ライ語などの説もあるという。『日本書紀』にも山名由来が出てき

ます。



『日本書紀』景行天皇18年(『日本書紀』で計算すると西暦88年)

5月16日の条に、「(熊襲(くまそ)征伐に景行天皇がこの地に入

った時)……。其の国、郊(の)原曠(ひろ)く遠(とほ)くして、

人の居(いへ)を見ず。天皇(すめらみこと)曰(のたま)はく、

「是の国に人有りや」とのたまふ。



時に、二(ふたはしら)の神有(ま)す。阿蘇都彦(あそつひこ)

・阿蘇都姫(あそつひめ)と曰(い)ふ。忽(たちまち)に人に化

(な)りて遊詣(いた)りて曰(まう)さく、「吾(われ)二人在

(はべ)り。何(なに)ぞ人無(な)けむ」とまうす。故(かれ)、

其(そ)の国を号(なづ)けて阿蘇と曰(い)ふ。」(岩波文庫『日

本書紀2巻』校注・坂本太郎ほかによる)。



この阿蘇山をまつる阿蘇神社は、阿蘇山の北麓の熊本県阿蘇市にあ

ります。この神社の祭神は健磐龍命(たけいわたつのみこと)(阿

蘇大明神で神武天皇の孫とつたえられる)など12神です。12神と

は、一宮が主神の健磐龍(たけいわたつ)命、二宮が阿蘇都比刀iあ

そつひめ)命、三宮が國龍(くにたつ)神(草部吉見神、日子八井

命)、四宮が比東芬q(ひめみこ)神。



五宮が彦御子(ひこみこ)神、六宮が若比刀iわかひめ)神、七宮

が新彦(にいひこ)神、八宮が新比刀iにいひめ)神、九宮が若彦

(わかひこ)神、十宮が彌比刀iやひめ)神、十一宮が國造速甕玉

(はやみかたま)命、十二宮が金凝(かなこり)神(綏靖天皇)と

ならびます。



阿蘇神社の伝説では、神武天皇は孫の健磐龍命(たけいわたつのみ

こと)に阿蘇山におもむき開くよう命じます。ちなみに神武天皇は

ご存じのように第1代の天皇(即位660B.C.〜585B.C.)で、127歳

まで生きていることになっている天皇(『日本書紀』による計算)

です。



阿蘇山へ来た健磐龍命(たけいわたつのみこと)は、外輪山の上か

ら目の前の湖を眺めてその広大さに感心、「水をなくして田畑を造

ろう」と考えました。大昔の阿蘇は外輪山に切れ目がなく、その中

には水がたまって広大なカルデラ湖になっていたそうです。



そこで命(みこと)は、外輪山の一部を蹴破ろうとしましたが、な

かなか蹴破ることができません。山が二重になっているからでした。

そこがいまの二重(ふたえ)の峠と呼ばれるところだそうです。次

に別の場所を蹴とばしました。こんどは蹴破ることできましたが、

そのはずみでドスンと尻もちをつきました。



あわてて起きようとしますがなかなか立ち上がれません。健磐龍命

はそこで「立てぬ」と叫んだという。それからというもの、そこを

「立野」と呼ぶようになりました。一方、蹴破った場所からは、湖

の水が一気に流れ出し、シカが数匹流されてしまいました。以後そ

こは「数鹿流(すがる)が滝」と呼ばれるようになったという。



水が流れ出して湖水が引くと、大ナマズがあらわれました。この大

ナマズが湖の底で水をせき止めていたのでした。健磐龍命(たけい

わたつのみこと)が刀でこのナマズを切り殺したため、やっと湖水

が流れるようになりました。また、その大ナマズが流れ着いた所が

いまの嘉島町の「鯰」という所だというのです。…(なんだこりゃ

ぁ!)。



さて、阿蘇山の話の戻ります。阿蘇山最高峰の高岳頂上には、浅い

円形の火口の跡があります。これは阿蘇大明神(健磐龍命)愛用の

白馬のすみかであり、中秋の名月の夜には姿を見せると伝えられて

います。阿蘇山中央の火口丘「阿蘇五山」にはこんな伝説もありま

す。



くり返しますが「阿蘇五山」とは根子岳、高岳、中岳、杵島岳、烏

帽子岳の5峰。根子岳の山頂はギザギザ頭になっています。そのわ

けは、昔、高岳、中岳、烏帽子岳、杵島岳そして末っ子の根子岳が、

誰が一番高くなれるかと競争していました。そのなかで根子岳が、

長男の高岳さえも追い越して一番になってしまいました。



しかし、根子岳は鬼たちに、この国で自由に暴れさせてやる代わり

に、土を運んで自分の頭に積むよう、こっそり約束をしてあったの

でした。これを知った阿蘇大明神は怒り、頭を何度も叩きました。

そのため、根子岳は頭がギザキザになってしまったということです

…。また、肥後国の猫は7歳になると根子岳へ修行に来るという伝

説もあります。そして人に化けて迷った旅人をおびき寄せ、散々ふ

るまったあと、寝ている隙に食べるというのです。



そのほか「的石伝説」というのもあります。阿蘇市的石の地名の語

源でもある「的石」は、北外輪山のふもとにある石で、その昔、阿

蘇神社の祭神である健磐龍命(阿蘇大明神)が阿蘇五岳の外れにあ

る往生岳(往生岳は五岳に含まれない)から弓の稽古をする時に的

にしたという伝説からこの名がつけられています。



ちなみに往生岳山頂から的石までは約7キロほどの距離にありま

す。その往生岳から的石まで射られた矢は、健磐龍命の従者で鬼八

という足の速い男が往生岳から的石まで走って取りにいき健磐龍命

に渡していました。



99回目までは、鬼八も的石と往生岳を往復して矢を運んでいまし

たが、100回目には疲れてしまい持ち帰るのは面倒なので、的石か

ら往生岳めがけ矢を投げ返しました。その矢がたまたま健磐龍命の

腿に当たってしまったからたまりません。腹を立てた健磐龍命は、

鬼八を成敗しようとして追いかけました。



鬼八は阿蘇の国中を逃げまわり、さらに阿蘇の国の外まで逃げまし

た。そこでやれやれと一息ついた拍子に8回屁をひりました。その

場所の地名の「矢部」の語源はそこからきているということです。

そりゃ「ヤベエー」わな。その後も鬼八は健磐龍命に追われ、つい

には捕らえられ首をはねられてしまいます。



しかし、鬼八の首は、はねられてもはねられてもすぐに元通り。腕

や足をはねてもやはりすぐに元通りとなってしまいます。そこで健

磐龍命は鬼八の体をばらばらに切り、それぞれを離れた場所に埋め

ました。すると鬼八はよみがえることがなくなったという。



しかしその後、鬼八の怨念は阿蘇の地に早霜を降らせるようになり、

稲に大きな被害が出るようになりました。そこで健磐龍命は「役犬

原」という場所に「霜の宮」と名づけた社を建て、鬼八の怨霊を鎮

めたという。いまでも霜宮神社では幼い女の子が59日間、火を絶

やさずにお籠りをするという神事が残っています。これは阿蘇外輪

山の原野での風物詩になっているそうです。



風物詩といえば、春は阿蘇の「野焼き」があります。毎年3月、村

中総出で原野に火を入れ、野草の芽立ちをよくし、ダニの駆除のた

めに行います。いまは観光のために夜間、火をつけるようになって

いるそうです。野焼きのあとには、ワラビやゼンマイなど「野草つ

み」が行われます。



さらに夏はキャンプで賑わいます。夏から秋にかけては「阿蘇の雲

海」がみられます。秋の風物詩は「草泊まり」です。牛の飼料確保

に一家全員が泊まりがけで原野に出かけて採草します。くぼ地にカ

ヤで草小屋を作り寝泊まりして働くそうです。


▼阿蘇山高岳【データ】
★【所在地】
・熊本県阿蘇市、阿蘇郡高森町、南阿蘇村にたがる。JR豊肥本線
宮地駅からバス、仙酔峡。ロープウエー、中岳、2時間で高岳(1592.3
m)。三等三角点がある。

★【位置】(国土地理院「地図閲覧サービス」から検索)
・三角点:北緯32度53分3.57秒、東経131度06分14.04秒

★【地図】
・旧2万5千分の1地形図「阿蘇山」「根子岳」「坊中」。

★【参考文献】
・『角川日本地名大辞典43・熊本県』竹内理三(角川書店)1991年
(平成3)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本三百名山』毎日新聞社編(毎日新聞社)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本書紀』720年(養老4):岩波文庫『日本書紀』2巻(校注
・坂本太郎ほか)(岩波書店)1995年(平成7)
・『日本歴史地名大系44・熊本県の地名』(平凡社)1988年(昭和63)
・『名山の日本史』高橋千劔破(ちはや)(河出書房新社)2004年
(平成16)



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