山の伝承【山岳はがき画】(01)
とよだ 時(2015年とよた 時から改名しました)
山岳漫画・農山村の風物画文 (主に画文著作で活動)

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▼新潟県越後三山・越後駒ヶ岳

【序文】140字
越後駒ヶ岳は魚沼駒ヶ岳とも呼ばれ、越後三山の最高峰でがっしり
とした男っぽい山。古書に「春夏の際残雪駒の形をなす、故(ゆえ
に)名(なづ)けしとぞ」とあるのが山名の由来という。種をまき、
苗代をつくる農作業の時期を知らせる白馬や老婆の顔、ナスの形も
あるそうです。
・新潟県魚沼市と南魚沼市との境。

郵便はがき画

山のはがき画の会

▼新潟県越後三山・越後駒ヶ岳

【本文】
新潟県魚沼(うおぬま)地方にある越後三山は、魚沼三山とも呼ば
れ、古くからの信仰の山。三山とは八海山(はっかいさん・標高1778
m)、中ノ岳(なかのだけ・標高2085.2m)、それに越後駒ヶ岳と
も魚沼駒ヶ岳とも呼ばれる駒ヶ岳(標高2002.7m)の3座。この
三山の最高峰は越後駒ヶ岳で、主峰の名に恥じないがっしりとした
男っぽい山です。

山頂の東方、標高約1880mに駒ノ小屋があります。昭和41(1966)
年から遭難防止のために、山岳気象観測が行われ、登山シーズンに
は「駒ヶ岳の気象」がテレビ放映もされたという。地元魚沼地方の
人たちはこの三山のうち、八海山を前岳(まえんたけ)、中ノ岳を
中岳(なかんたけ)、駒ヶ岳を下岳(しもんたけ)と呼び、総称し
て三岳(さんたけ)とも呼んでいます。

信仰の山として栄えたこの山は、いまもいくつかの講がつづいてい
て、夏山のシーズン中には多くの信仰登山の姿が見られます。また
「三山がけ」と呼ばれる八海山、中ノ岳、駒ヶ岳の三山縦走を早駆
けでめぐる行者もたくさんいます。

ここの駒ヶ岳の山名もまた、馬の雪形によるものらしい。江戸時代
後期、1809(文化6)年編纂の地誌『新編会津風土記』(巻之百六)
に、駒ヶ岳について「山勢峻(けわ)しく半腹より上は人跡通じず、
寒風殊に烈しく熊猿の類猶棲むこと稀なり、只獵(猟)人冬日雪を
踏て攀(よじ)ることを得ると云(いう)、春夏の際残雪駒の形を
なす、故(ゆえに)名(なづ)けしとぞ」とあり、山名はこの一文
に由来しています。

山頂には一等三角点があり、大山祇命(おおやまずみのみこと)な
ど石碑や、豊斟淳尊(とよくむぬのみこと)の像があります。豊斟
淳尊という難しい名前の神は、『日本書紀』(巻第一神代上)に出て
くる、天地開闢(てんちかいびゃく)の時、国常立尊(くにのとこ
たちのみこと)に次いで高天原(たかまがはら)に出現したという
神。

「天地初めて判(わか)るる時に、一物(ひとつのもの)虚中(そ
らなか)に在(あ)り、状貌(かたち)言ひ難し。其の中に自ずか
らに化生(なりい)ずる神有(いま)す。国常立(くにとこたち)
の尊と号(む)す。……次に国狭槌尊(くにのさつちのみこと)…。
次に豊国主尊(とよくにぬしのみこと)。

亦は豊組野尊(とよくむののみこと)と曰す。亦は豊香節野尊(と
よかぶののみこと)と曰す。亦は浮経野豊買尊(うかぶののとよか
ふのみこと)と曰す。亦は豊国野尊(とよくにののみこと)と曰す。
亦は豊齧野尊(とよかぶののみこと)と曰す。亦は葉木国野尊(は
こくにののみこと)と曰す。亦は見野尊(みののみこと)と曰す」
と、しつこいほど「または、または」と名前のある神さまです。ど
うして越後駒ヶ岳のような所に像があるのか分かりませんが。

山頂の北側緩斜面にはハクサンコザクラ、ヒメイワカガミ、ニッコ
ウキスゲなどの高山植物が自生し、お花畑つくって登山者をなごま
せています。

越後駒ヶ岳の駒の雪形も、いろいろな農作業はじめる目安になって
いました。山ろくの農村集落は西面に限られ、越後三岳の水を集め
て西流する川のほとりの集落では、春には谷の残雪が白馬や老婆の
顔となる変化から種をまき、苗代をつくる時期を判断しました。

北西麓の小出町からは八十八夜ころ、駒の雪形が山頂直下に見られ
ます。またこのほか、ナスの形の雪形もあるそうです。秋の積雪も
大切なサインでした。まず中ノ岳に初雪があり、その後の冠雪の進
み具合から、稲刈り、芋掘り、雪囲いの時期を教えられました。

駒ヶ岳東側には銀鉱採掘で栄えた銀山平があります。最盛期の江戸
元禄時代には人口1万4000人余りともいわれています。銀山平方
面からの登山口、枝折峠から40分ほど登ると銀の道と交差する地
点に明神堂があります。駒ヶ岳山頂にある大山祇命の娘・木花開耶
姫(このはなさくやひめ)をまつった枝折大明神のお堂です。

この道は平安時代末期の長寛元年(1163)に尾瀬三郎房利が京を追
われて、尾瀬へ逃げのびた道だと伝えられています。それから500
年後、銀山が発見され、銀を運ぶ唯一の道として、最盛期には1万
数千人が往き来し、人馬の絶えることがなかったという所です。

深田久弥選定「日本百名山」第025 番に選定(日本二百名山、日
本三百名山にも含まれる)されています。
・新潟県魚沼市と南魚沼市との境。

▼越後駒ヶ岳(魚沼駒ヶ岳)【データ】
【所在地】
・新潟県魚沼市と南魚沼市との境。JR上越線五日町駅の東15キ
ロ。JR上越線小出駅からバス、枝折(しおり)峠頂上停留所下車、
さらに歩いて5時間15分で越後駒ヶ岳。一等三角点(一等三角点20
02.7m)ある。
【名山】
・「日本百名山」(深田久弥選定):第025 番選定(日本二百名山、
日本三百名山にも含まれる)
【位置】国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から
・駒ヶ岳一等三角点2002.7m:北緯37度7分25.04秒、東経139
度4分30.83秒
【地図】
・旧2万5千分1地形図名:駒ヶ岳
【参考文献】
・『角川日本地名大辞典15・新潟県』田中圭一ほか篇(角川書店)
1989年(平成1)
・『コンサイス日本山名辞典』徳久珠雄編(三省堂)1979年(昭和54)
・『新編会津風土記』:大日本地誌大系第34『新会津風土記5』(雄
山閣)1933年(昭和8)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本書紀』(巻第一神代上):岩波文庫『日本書紀(一)』校注
・坂本太郎ほか(岩波書店)1995年(平成7)
・『日本の山1000』(山と渓谷社)1992年(平成4)
・『日本歴史地名大系15・新潟県の地名』(平凡社)1986年(昭和61)
・『山の紋章・雪形』田淵行男著(学習研究社)1981年(昭和56)

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