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【新・丹沢山ものがたり】(加筆CD版)(01)
山と渓谷社から刊行したものに改定加筆したものです。(書店販売はしていません)
ご希望の方にはお分けしています。
見本と詳細
【とよだ 時】

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 (イラスト本ではありません)

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▼丹沢山とサンサカイ山

【略文】
丹沢のほぼ中央にある丹沢山は、もともと地元では三境(さんさか
い)とか、三境の峰と呼んでいたという。それがいまの「丹沢山」
という山名になってしまったのは、明治時代、三角測量をして山頂
に三角点を設置、三角点名を「丹沢山」とし、地図にも「丹沢山」
と記入してしまったからという。
・神奈川県清川村と同県相模原市と足柄上郡山北町山北町の境

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▼丹沢山とサンサカイ山


【本文】


 丹沢のほぼ中央にある丹沢山は、いまはやりの『日本百名山』の71

番目に取りあがられている山です。江戸時代天保12年(1841年)

成立の相模国の地誌、『新編相模国風土記稿』(巻之五十四)によると、

「丹沢山」といえば、いまの東丹沢の札掛集落周辺の山を呼んでい

たようです。



 それには、「丹澤山(太武坐波屋満・たむざはやま) 郡の西方にあ

り、東は郡内七沢・煤ケ谷・宮ケ瀬等の山々に続き、西は足柄上郡南は

大住郡、北は津久井県の山々に接壌(接近)し、東西凡三里余南北四

里許に及ぶと云(※へ)り、山中を八所に区別し同法(度宇菩布)(どう

ぼふ)、汐水(志保美豆)(しほみづ)、たらひごや・荒樫尾(阿良加志遠・

あらかしを)、長尾(奈我遠・ながを)、八瀬尾(屋世遠・やせを)、大洞

(於保朋良・おほほら)、本谷(保武多爾・ほむたに〇此所に栃の喬木あ

り、十圍(※囲・両手を伸ばして抱えるぐらいの大きさ)に及ぶと云、

又石小屋と呼あり、石を組立樵夫等休憩の處とす、)等の字あり……」

とあるのです。



 これによれば、「丹沢山は……山中を八所に区別し同法、汐水、

たらいごや、荒樫尾、長尾、八瀬尾、大同、本谷等の字あり」とあ

って、いまの東丹沢の札掛集落周辺の山、東西12キロ、南北16キ

ロばかりの山域ということになっています。同書に載っている古い

地図も、いまの丹沢山より南東側の山を描いています。



 一方、地元ではこの山(いまの丹沢山)を昔から、「三境(さん

さかい)」とか、「三境の峰」と呼んでいたという。地元の山岳会「さ

がみの会」会員で、地元出身の栗原祥さんは「尊仏2号」誌にこん

なことを書いています。





 「鳥屋村(いまの津久井町)の場合、村から見える現在の丹沢の

峰や谷の総称は単に「奥山」であった。いまでも津久井や愛甲では

三境という言葉は生きている」というのです。つまり、いまの丹沢

山は、足柄上郡・愛甲郡・旧津久井郡(いまの相模原市)の3つの

郡の境になっていたので、地元では三境とか三境の峰と呼ばれてい

るという。もっとも鎌倉方面では「御本の平」(みもとのたいら)

などとも呼んだらしいですが。



 さて地元の人に、「三境」あるいは「三境の峰」と呼ばれていた

この山が、一変して「丹沢山」と名前が変わったのは、明治政府が

地図を作りはじめた時からでした。当時お上は、近代的な三角測量

で、見通しのいい山に三角点を設置、測量の網を広げていきました。



 この山も、明治11年(1878)から明治15年(1882)ごろ、山頂

に一等三角点をが設置し、天城山や愛鷹山・筑波山などと三角測量

が行われました。この時、三角点を「点の記」に「丹沢山」と記入、

できた地図にも「丹沢山」と記入してしまったのです。また、その

時、この測量に従事した作業員が、主に札掛方面の人たちであった

ことから、札掛を中心とした山名の「丹沢山」にしたとの説もあり

ます。



 政府が発行する地図に「丹沢山」と記入されてしまっては、いま

さら「三境(さんさかい)」に直せといっても、石頭の役人が訂正

するはずはありません。いつしか地元の名前など忘れられ、この名

前が定着し、ガイドブックなどにも書かれるようになってしまった

ということです。



 この山からは大きな尾根が4つが延びています。南へは、笹原が

広がる竜ヶ馬場から塔ノ岳への尾根、東への尾根は少し三ツ峰尾根

下って東へ別れ、札掛方面へいたる天王寺尾根、北東には宮ケ瀬へ

とつづく三ツ峰尾根、北西へは不動ノ峰、鬼ヶ岩ノ頭など、修験者

たちの行場(ぎょうば)から、蛭ヶ岳へとつづく丹沢主脈です。



 また北側、早戸川の支流大滝沢には落差50mの早戸大滝があり、

近郊の雨乞いの場所だったところ。修験者たちはこの沢を登って、

丹沢山・蛭ヶ岳へ向かったという。



 ところで、1955年(昭和30)に行われた「第10回国民体育大会」

では、丹沢が登山部門の会場となり、国体コースが開かれました。

また1964年(昭和39)にはこの山頂に「みやま山荘」が建てられ

て登山者が急増しました。1954年(昭和29)11月には、慶応高校

山岳部の3人が、この山の北面で吹雪と疲労で遭難したという痛ま

しい事故もありました。



 ちなみに丹沢山という山域は、『新編相模国風土記稿』に次のよ

うにあります。「本谷(保武多爾・ほむたに〇此所に栃の喬木あり、十

圍(※囲・両手を伸ばして抱えるぐらいの大きさ)に及ぶと云、又石

小屋と呼あり、石を組立樵夫等休憩の處とす、)等の字あり、山中喬木蓊

鬱(おううつ)として良材に富(め)り、按ずるに、元亀(げんき)・天正の

頃北条氏の命により煤ケ谷・七沢辺(※り)の村々より良材を小田原に運

(※び)致せし事あり、是皆此(※の)山に採しなるべし、関東御打(※ち)

入(※り)以来山中すべて御林となり、郡中煤ケ谷・宮ケ瀬、大住郡寺山・

横野等四村の民に警衛の事を命ぜられ、彼(※の)村々へ合(わせ)月

俸一口半を賜り、且(※つ)驛馬歩夫(※?)課役を免除せらる、



 其他の村民は猥に山に入事を禁ず、寛永元年山中の掟書と云るも

の今大住郡横野村の里正蔵す(曰、丹澤御留山書之事、つか・けや

き・もみの木・杉木・かやの木・くりの木・右之御用木御法度之事

候間、又藏木成共長木は出申事御法度之儀に候間又は地たう衆成共、

きり取被成者、江戸へ急度御申可被上候、爲其仍而如件、寛永元子

十月廿五日、源半殿、田所助二郎印 按ずるに、文中藏木は雑木に

て、源半は玄蕃の誤なるべし、是里正が先祖の名なり、)此餘郡中

數嶺相連續すれど、丹澤山に比すれば兒孫の如し、故に各村地域の

接する所に標出し、爰に贅せず、」とある通り、深い森林におおわ

れ、良材に富んでいました。



 そのため、小田原に本拠を置いた、後北条氏はこの山の森林保護

につとめました。さらにこれを踏襲した徳川幕府も、この山域を御

留山ととしてきびしい管理と保護につとめました。とくにツガ、ケ

ヤキや、モミ、スギ、カヤ、クリは「丹沢六木」として、厳重な取

り締まりがされました。



 この山中を流れる布川のほとりの、狭い平地にケヤキの大木があ

ったという。山林の監視に当たった山回り役人が巡回の際、その印

として、この木に札を掛けたという。そこからこのあたりを「札掛」

と呼ぶようになったという。この大ケヤキも、1937年(昭和12)

の大豪雨による山津波で押し倒されてしまったということです。



 ここ丹沢山ろくにはこんな伝説もあります。丹沢山東ろく、箒杉

沢から玄倉川につづく、丹沢湖の湖底に沈んだ三保村の話です。ある鉄

砲打ちが、丹沢山に入り猟の最中、山中で夜を過ごした時こと。突然暗

闇の中から、ハイカラ娘があらわれました。当時丹沢山には、人を取って

食う化け物がいるというウワサがありました。



 猟師は、「さては化け物!」と思い、鉄砲を撃ちました。しかし、若い女

は、何の反応もなく笑っています。猟師は鉄砲を何度も撃ちました。それ

でも女は、相変わらず笑っています。よく見ると、女は暗い中に提灯(ちょ

うちん)を持っています。



 猟師は行灯(あんどん)をねらって弾を撃ちました。するとスーッと姿が

消えました。翌朝、確かめに行くと、そこには白いムジナが死んでいたと

いう。ちなみにムジナとはタヌキのことだそうです。



▼丹沢山【データ】
【所在地】
・神奈川県愛甲郡清川村と同県相模原市(旧津久井郡津久井町)と足
柄上郡山北町山北町の境。小田急小田原線渋沢駅からバス、終点大倉
下車歩いて5時間で丹沢山(標高1567.1m)。一等三角点がある。
【位置】
・三角点:北緯35度28分28秒、東経139度09分46秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「大山(東京)」

▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『かながわの山』植木知司(神奈川合同出版)1981年(昭和56)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『新編相模国風土記稿3』(大日本地誌大系21)編集校訂・蘆田伊人
(雄山閣)1980年(昭和55)
・「尊仏2号」栗原祥・山田邦昭ほか(さがみの会)1989年
・『丹沢記』吉田喜久治(岳(ヌプリ)書房)1983年(昭和58)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本歴史地名大系14・神奈川県の地名』鈴木棠三ほか(平凡社)1990
年(平成2)



『新・丹沢山ものがたり』見本と詳細はこちらをご覧下さい。

 

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(山と渓谷社から出版したものに改定加筆したものです)
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【目次一覧】(加筆部分)
 ・01「大山」
   ・01大山は雨降山 ・02大山開山良弁僧正 ・03良弁と関係ある山
   ・04大山石尊の石 ・05下社の納太刀 ・06下社わきの豆腐の碑
   ・07大山の天狗伯耆坊 ・08大山の天狗道昭坊
   ・09大山にもいた雷獣 ・10石尊大権現の道標
    ・11大山の雨乞い ・12デイラボッチと大山 ・13大山まいり
   ・14大山の修験道
 ・02「ヤビツ峠とその周辺」
   ・01ヤビツ峠 ・02岳の台と旧ヤビツ峠 ・03蓑毛の疫病大権現
   ・04護摩屋敷橋の名水 05菩提峠と風神の石祠
 ・03「表尾根」
   ・01表尾根 ・02二ノ塔・日本武尊の足跡 ・03一の塔がない!
   ・04三ノ塔とヒメハナワラビ ・05烏尾山 ・06行者ヶ岳
   ・07政次郎尾根戸沢・砥石と猿 ・08新大日岳
 ・04「大倉尾根」
   ・01大倉尾根今昔 ・02:大倉尾根幻の水場? ・03花立
 ・05「鍋割山稜」
   ・01鍋割山 ・02鍋割峠 ・03大丸小丸
 ・06「塔ノ岳・竜ヶ馬場」
   ・01塔ノ岳 ・02不動清水 ・03尊仏岩 ・04尊仏山荘での個展
   ・05塔ノ岳西麓の金鉱脈沢 ・06尊仏ノ土平 ・07日高、竜ヶ馬場
 ・07「丹沢山・丹沢三ツ峰・天王寺尾根」
   ・01丹沢山 ・02丹沢三ツ峰と幻の大滝 ・03エンザンギ
   ・04丹沢三ツ峰シロヤシオの絨毯 ・05本間の頭(鳥屋金沢)
   ・06丹沢三ツ峰御殿森ノ頭 ・07丹沢山天王寺尾根と蜘蛛ヶ淵
   ・08長者屋敷
 ・08「不動ノ峰・鬼ヶ岩・蛭ヶ岳」
   ・01不動ノ峰 ・02鬼ヶ岩 ・03蛭ヶ岳 ・04蛭ヶ岳の山名
   ・05蛭ヶ岳の祠 ・06蛭ヶ岳のシカ
 ・09「焼山・姫次・袖平山」
   ・01焼山 ・02黍殻山 ・03姫次 ・04袖平山 ・05神ノ川
 ・10「臼ヶ岳・檜洞丸」
    ・01臼ヶ岳  ・02檜洞丸の山名 ・03マルバダケブキ
    ・04檜洞丸でブロッケンを見た  ・05檜洞丸山頂の祠
 
・11「同角山稜」
    ・01同角の頭 ・02石小屋の頭 ・03大石山 ・04石棚山
    ・05ユーシン
 ・12「大笄小笄・犬越路・鐘撞山・大室山・馬場峠・加入道山」
   ・01熊笹の峰 ・02大笄、小笄 ・03犬越路 ・04鐘撞山
   ・05富士隠しの大室山 ・06大室山と相、甲国境争い
   ・07大室山・山頂の石碑を隠せ! ・08大群神社 ・09馬場峠
   ・10加入道山とオオバコ ・11用木沢 ・12箒杉
 ・13「畦ヶ丸・権現山・城ヶ尾・菰釣山」
   ・01畦ヶ丸とアセビ 02畦ヶ丸山頂の石碑 ・03畦ヶ丸初登頂争い
   ・04権現山 ・05大界木山 ・06平指山 ・07鳥胸山
   ・08城ヶ尾峠(山) ・09菰釣山 ・10石保土山 ・11織戸峠
   ・12バケモノ沢
 ・14「大棚・高指・鉄砲木ノ頭」
   ・01大棚ノ頭 ・02山伏峠 ・03高指山 ・04切通峠 ・05鉄砲木ノ頭
 ・15「三国山・明神・湯船山・不老山」
   ・01三国山 ・02明神山 ・03湯船山 ・04不老山
 ・16「大野山・丹沢湖付近・三神峠・神縄付近」
   ・01大野山 ・02丹沢湖畔の石碑 ・03玄倉 ・04丹沢湖権現山の雨乞い歌
   ・05神縄トンネル三神峠の石仏 ・06山神沢の石碑 ・07神縄頼政神社
 ・17「雨山・檜岳・シダンゴ山・高松山」
   ・01雨山峠(山) ・02伊勢沢の頭 ・03秦野峠 ・04シダンゴ山
   ・05高松山
 ・18「弘法・八菅・仏果・三峰山周辺」
 
  ・01弘法山 ・02吾妻山 ・03三増峠 ・04八菅山 05鳶尾山
   ・06仏果山 ・07経ヶ岳 ・08華厳山 ・09白山 ・10辺室山
   ・11煤ヶ谷正住寺  ・12大山三ッ峰山 ・13鐘ヶ岳 ・14日向山


▼見本と詳細は
こちらをご覧下さい。


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・(01)野の本・山の本(春・夏・秋・冬編)全4巻(誠文堂新光社)

・(02)山の神々いらすと紀行(東京新聞) 雑誌「岳人」に連載・出版したものの改訂版です。

・(03新・ふるさとの神々何でも事典(富民協会)(改訂版) 奇神・変神・おもしろ神

・(04)家庭行事なんでも事典(富民協会)(改訂版) 元旦から除夜の鐘まで、その意味と由来。

・(05)新・丹沢山ものがたり(山と渓谷社) 既刊のものに大幅加筆改訂。身近な山々が次々に。

・(06)健康(クスリになる)野菜と果物(主婦と生活) 既刊のものに加筆改訂しました。

(07)ひとの一生なんでも事典(富民協会)(改訂版) 一風変わった冠婚葬祭の本。

・(08)ふるさと祭事記・歳時記(冨民協会)(改訂版) 忘れていたふるさとの祭りや行事。

・(09)全国天狗のはなし(自家製作) 各地の山々に君臨する愛すべき妖怪天狗。

・(10)山旅通信【ひとり画ってんの会 毎月、各地の山の伝説伝承イラスト通信が送られてくる。

 

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【とよだ 時】山の伝説伝承・画文著作・漫画家
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 【時U-mo】・ゆ-もあ-とスタジオ【時ノ坊】
山のはがき画の会
from 20/10/2000


 

 

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