【本文】のページ
山旅通信【ひとり画っ展】(01)
【とよだ 時】

……………………………………

▼山旅通信【ひとり画展】930号
「東北・蔵王山は吉野蔵王権現」

【略文】150字
蔵王山も噴火の山で、有史以来34回とも47回ともいう暴れ山。いまも御
釜の北東部丸山沢では噴気活動が続いています。この山の噴火の記録
は鎌倉時代で、ユズの大きさの石が雨のように降ってきたという記録があ
ります。山名は役ノ行者の叔父の願行という坊さんが奈良県吉野金峰山
(きんぷせん)から蔵王権現を勧請(かんじょう)して、まつったからだとい
う。
・山形県と宮城県との境。

……………………………………

▼山旅通信【ひとり画展】930号「東北・蔵王山は吉野蔵王権現」


【本文】

 蔵王山も噴火の山で、有史以来34回とも47回ともいう暴れ山。いまも

御釜の北東部丸山沢では噴気活動が続いています。この山の噴火の記

録は、鎌倉幕府の歴史書『吾妻鏡』巻廿七にあるのが最初だという。



 寛喜(かんぎ)2年(1230・鎌倉時代)11月8日条に、「八日、乙未(き

のとひつじ)、晴れ、大進僧都(だいしんそうず)観基、御所に参じて申し

て云ふ、去月(10月)十六日夜半、陸奥国柴田郡に、石雨の如く下ると

云々、件の石一つ、将軍家に進ず、大さ柚の如くにて細長なり、廉(か

ど)有り、石下る事廿餘里と云々」とあります。ユズの大きさの石が雨のよう

に降ってきたというからただごとではありません。



 さて蔵王山というのは、宮城・山形両県を分ける連峰の総称で、大ざっ

ぱに北蔵王(瀧山)、中央蔵王(熊野岳、刈田岳など)、南蔵王(屏風岳、

不忘山など)に区別されます。ただ蔵王という時は、ふつう中央蔵王をさ

しているようです。



 山形県側では山形蔵王、宮城県側では宮城蔵王(表蔵王)などとも呼

ぶそうです。中央蔵王は活火山で、有名な御釜は山形県境からちょっと

はずれた宮城県側にあって、いままでの火山活動はみなこの御釜周辺

からおこっているのだそうです。



 蔵王山は1950年(昭和25)に「毎日新聞」の「観光地百選・山岳の

部」で第1位に選定されて以降、1962年(昭和37)、蔵王エコーラインな

ど交通施設やスキー場の整備が進んで観光地として発展。有名な杉ヶ

峰付近の樹氷やスキーヤーに好まれる雪質、また温泉の存在などから有

数のスキー場として、最近はいろいろな観光施設もでき、四季を通じた観

光地となっています。



 蔵王山は昔は、不忘山(わすれずのやま)、刈田嶺(かったみね)とも

呼ばれていましたが、飛鳥時代の680年(天武8)、役行者(えんのぎょう

じゃ)の叔父の願行(がんぎょう)という修行僧が、吉野(奈良県)の金峰山

(きんぷせん)から蔵王権現を勧請(かんじょう・神仏の分霊を移しまつる)

して蔵王山と呼ばれるようになったという。



 いま刈田岳の頂上には刈田嶺(かったみね)神社(かつては蔵王権現

社)がまつられています(里宮は蔵王町の遠刈田(とおがった)温泉)。蔵

王権現は役行者(えんのぎょうじゃ)が修行中に感得した修験道の神。三

眼憤怒の形相で右足を持ち上げ、右手は三鈷杵(さんこしょ)を振り上

げ、検印を結んだ左手を腰に当てています。



 そもそも奈良時代、修験道の役行者小角(おづぬ)が、苦しむ人たち

を救うにふさわしい神を求め、奈良県吉野金峰山(きんぷせん)に籠もり、

苦行のうちに感得した悪魔降伏(ごうぶく)の菩薩だそうです。これは仏典

には説かれていない日本独自の神だそうです。ご利益は魔障除去、怨

敵退散、所願成就、商売繁盛、事業繁栄とされています。



 行者は岩屋のなかに座し「この山の権現として、金峰鎮護の霊神とな

るべき端相をあらわし給え」と祈ったところ、最初に弁天さまがあらわれま

した。行者は「女性で優しすぎる」と、さらに祈ると天女は天河(てんかわ)

に去っていきました(これが奈良県天川村の天河弁財天だそうです)。



 次に地蔵菩薩が出現しました。「温和で厳しさがない」と祈りつづけまし

た。すると、突然天地が振動して蔵王権現が湧出しました。それは釈迦と

観音と弥勒が合体した像でした。行者は大いに喜び、その姿をサクラの

木に彫って吉野の金峯山寺蔵王堂まつったとされています。



 それはともかく「刈田郡宮村宮本坊蓮蔵寺書出」という文書には、「一、

故事来歴之事、往古役小角之叔父願行当村蔵王岳相開候節国民崇敬

仕願行草庵之跡を願行寺と相称した」とふもとの願行行者が開いたお寺

について書いてあります。



 蔵王権現が勧請(かんじょう)される前、蔵王は「わすれずの山」と呼ば

れていました。清少納言の『枕草子』山づくしには「山は、小倉山。三笠

山。このくれ山。わすれ山。いりたち山。鹿背山。ひはの山。かたさり山こ

そ、誰に所おきけるにかと、をかしけれ」とあり、「わすれずの山」として挙

げられ、蔵王連峰は中央貴族にも知られていたようです。



 この「わすれずの山」がいまのどの山を指すのかははっきりしません

が、南蔵王には不忘山という山もあります。しかし、1899年(明治32年)

の『日本名勝地誌』には「不忘山……本名を刈田岳と云う。



 刈田嶺の古社あるをもってなり。……中世より専ら蔵王山という。蔵王

権現をまつるもってなり。……枕草子等に見えたる奥州名区の一にして、

歌書にはいわゆる、わすれずの山これなるべし」とあり、「わすれずの山」

は刈田岳としています。



 ここにある刈田嶺の古社というのは、いま刈田岳山頂にある刈田嶺神

社(明治の廃仏棄釈以前は蔵王権現社)のこと。最高峰の熊野岳より刈

田岳を指すのは、遠くから見ると刈田岳の方が目立つためという。



 一方、最高峰である熊野岳の名は、山頂に蔵王、熊野、白山の3権現

を勧請して熊野山神社をまつったからだそうです。蔵王が修験者の修行

の場となったの鎌倉時代ころ。当時、吉野、熊野、白山などから修験者た

ちがいつからとはなく集まってきて、修験修行の根本道場である吉野金

峰山(きんぷせん)、熊野山、大峰などになぞらえたもの。



 一般の人たちも登拝するようになるのは戦国時代から。江戸時代には

最盛期で多くの人たちが登山。蔵王権現、熊野権現、白山権現など峰

々をまわってお参りしたのでした。地蔵山には子安地蔵が建てられ、また

刈田岳、熊野岳の山頂にはお金の神さまである金日命もまつられたそう

です。



 しかし、明治初年の神仏分離によって、蔵王権現社は水分(みまくり)

神社となり、1875年(明治8)に刈田嶺神社となりました。その間の廃仏

棄釈の暴挙により、蓮蔵寺などの貴重な古記録が焼かれ、失ってしまい

ました。



 さらに1962年(昭和37)以降は蔵王山神社という名前に変えられてし

まったのでした。このほかに蔵王町宮地区には古社として成り立ちの違う

同じ名の刈田嶺神社があります。



 さて、蔵王にも春になれば雪形があらわれます。5月初旬の種蒔きころ

から6月ころ、白石地方から見て南蔵王の真ん中あたりの「水引入道」

(1856m)という山の東斜面に、「蒔き入道」とか「入道坊主」「雪入道」と

かいう残雪模様があらわれます。



 村人はそれを見て、苗代に種もみを蒔いたという。雪形はその年によ

って杖をついたり、傘を持ってあらわれたりするという。杖を持つ雪形があ

らわれた年は日照り、傘の時は雨が多い年になるということです。また、

第2次世界大戦末期の1945年(昭和20)には、アメリカの軍機B29が3

機も墜落し、アメリカ将兵34人が死亡した事件もありました。



▼蔵王山【データ】
【所在地】
・【刈田岳】は宮城県蔵王町と七ヶ宿町の境。JR奥羽本線かみの
やま温泉駅の東南東15キロ。
・【熊野岳】は山形県山形市と上山市の境。JR奥羽本線かみのや
ま温泉駅の東14キロ。JR奥羽本線白石蔵王駅からバス、蔵王ハイ
ライン蔵王山頂終点。刈田岳。3等三角点(1757.8m)と刈田嶺神
社がある。さらに歩いて45分で熊野岳。2等三角点(1840.3m)と、
写真測量による標高点(1841m)と、熊野神社がある。
【名山】
・「日本百名山」深田久弥選定:第018 番:蔵王山(「日本二百名山」・
日本三百名山にも含まれる)
・「新日本百名山」(岩崎元郎氏選定):第15番選定
【位置】
・刈田岳三角点:北緯38度7分39.96秒、東経140度26分53.46秒
・熊野岳標高点:北緯38度8分37.84秒、東経140度26分23.04秒
・熊野岳三角点:北緯38度8分37.21秒、東経140度26分21.61秒
【地図】
・2万5千分の1地形図:「蔵王山」



▼【参考文献】
・『役行者伝記集成』銭谷武平(東方出版)1994年(平成6)
・『角川日本地名大辞典4・宮城県』高橋富雄編(角川書店)1979年(昭
和54)
・『角川日本地名大辞典6・山形県』誉田慶恩ほか編(角川書店)1981年
(昭和56)
・『吾妻鏡』:岩波文庫『吾妻鏡』(5)龍粛(りょうすすむ)訳注(岩波書店)
1997年(平成9)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『山岳宗教史研究叢書7・東北霊山と修験道』月光善弘(がっこうよしひ
ろ)編 (名著出版)1977年(昭和52)
・『仙人の研究』知切光歳著(大陸書房)1989年(昭和64・平成1)
・『東北の山岳信仰』岩崎敏夫(岩崎美術社)1996年(平成8)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本百名山』(新潮文庫)深田久弥(新潮社)1979年(昭和54)
・『日本歴史地名大系4・宮城県の地名』大塚徳郎ほか(平凡社)1987年
(昭和62)
・『日本歴史地名大系6・山形県の地名』(平凡社)1990年(平成2)
・『名山の日本史』高橋千劔破(ちはや)(河出書房新社)2004年(平成
16)



………………………
▼山旅通信【ひとり画っ展】(毎月発行)を毎月郵送しています。
ご希望の方には各地の山の伝説伝承の解説文と、イラストはがき・
会報(バックナンバー)を郵送しています。
創刊
1971年(昭和46)
見本】をどうぞ。

 

……………………………………

▼書店で発売中
-山の伝承伝説100を集めた本-
▼店頭にない時は店員の方にご注文を。

妖怪・鬼・天狗などはみな神サマ。村人は山に神をまつった…。
ヤマケイ新書 『日本百霊山』 税込968円 (山と渓谷社)

▼アマゾン、楽天ブックスなら確実に入手できます)
……………………………………

▼<アマゾン 広告>
日本百霊山 伝承と神話でたどる日本人の心の山 (ヤマケイ新書)

………………………
▼<楽天ブックス 広告>
https://books.rakuten.co.jp/rb/14400530/?l-id=c-as-img-02

  

……………………………………

-【広告】-(とよだ 時)
▼こんなCDブックあります -画と文でつづったCDブック本-

・(01)新・丹沢山ものがたり(山と渓谷社) 既刊のものに大幅加筆改訂。身近な山々が次々に。

・(02)山の神々いらすと紀行(東京新聞) 雑誌「岳人」に連載・出版したものの改訂版です。

・(03)全国天狗のはなし(自家製作) 各地の山々に君臨する愛すべき妖怪天狗。

・(04)新・ふるさとの神々何でも事典(富民協会)(改訂版) 奇神・変神・おもしろ神

・(05)山旅通信【ひとり画ってんの会 毎月、各地の山の伝説伝承イラスト通信が送られてくる。

・(06)ふるさと祭事記・歳時記(冨民協会)(改訂版) 忘れていたふるさとの祭りや行事。

・(07)野の本・山の本(春・夏・秋・冬編)全4巻(誠文堂新光社)

・(08)家庭行事なんでも事典(富民協会)(改訂版) 元旦から除夜の鐘まで、その意味と由来。

・(09)健康(クスリになる)野菜と果物(主婦と生活) 既刊のものに加筆改訂しました。

(10)ひとの一生なんでも事典(富民協会)(改訂版) 一風変わった冠婚葬祭の本。

 

……………………………………

 

【とよだ 時】山の伝承探査、画文著作、漫画家
……………………………………
【U-moあ-と】スタジオ・【時ノ坊】
山のはがき画の会
from 20/10/2000


 

 

 

 

【とよだ 時】のホームページTOPページ
………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………………………………………………………………………
・名のある人の恥知らず、名も無きわれら恥を知る。
・人と群れること、付き合うことが苦手で、フリーになって半世紀。
いまごろになってそれが一番必要な職業だと気がついた。どうりで
生きにくかったわけだ。