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▼山里はいかい(本文のページ)(08) 
【とよだ時】(豊田時男

▼山里のへんな神さま伝説の巨人・ダイダラ坊」
【説明略文】
昔、巨人がやってきて全国を歩きまわってい
たという。富士山をつくろうとして、運んで
いた土がもっこからこぼれ落ちてあちこちに
山ができたという。また歩いた足跡に水が溜
まって池や沼になったなど話が数多く伝わっ
ています。巨人の名はダイダラボッチとか大
太法師、デーデッポーなどと呼ばれています。

【本文】は下記をどうぞ。

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(長文です。拾い読みしてください)
▼伝説の巨人・ダイダラ坊

【本文】
 昔、巨人がやってきて全国を歩きまわって
いたという。富士山をつくろうとして、運ん
でいた土がもっこからこぼれ落ちてあちこち
に山ができたという。また歩いた足跡に水が
溜まって池や沼になったなど話が数多く伝わ
っています。巨人の名は大太法師で、ダイダ
ラボッチとかデーダラ坊などと呼んでいま
す。

 そのほかダイタイボウ(茨城県)、ダイタ
ボッチ(東京・埼玉)ダイダラホウシ(栃木
県)、ダイテンボウ(会津地方)、デイラボッ
チ(長野県)、レイラボッチ(山梨県)、ダン
ダンボウシ(富山県)、ダタンボウ(三重県)、
ダイダラボウ(香川県)、ダイタボウ(愛知
県)、デーデッポー(千葉県)などとなまっ
て呼ばれそれぞれ大男にちなむ地名伝説があ
ります。この巨人伝説は『古事記』や『日本
書紀』などの神話にも出てきます。

 北アルプスは唐松岳の巨人伝説です。大昔、
信濃国に雲を突くような大男のそりのそりと
やってきました。西條の湖のほとりまで来た
時、足もとに枝振りのいい小松を見つけまし
た。ここにはもったいない唐松だ。もっと高
いところに植えてやろう。

 見渡すと高山がならぶ先に形のいい木曽御
嶽が目にとまりましたよしあそこの頂上に植
えてやろう。巨人が唐松を引き抜き大きな手
のひらに乗せ、木曽御嶽に手を延ばしました。
その時、夜がシラジラと明け太陽が顔を出し
ました。

 日の光が嫌いな巨人は大慌て。唐松を放り
投げて一目散に逃げ出しました。唐松は近く
の唐松岳の頂上に落ちて根を張ったという。
それから幾千年、西條の湖の跡はなくなって
しまいましたが松はいまでも残っているとい
う。そして信濃国に湖や沼が多いのはその巨
人の足跡だとされています。

 また、奈良時代の『常陸風土記』那珂郡の
条にも具体的な地名が出てきます。茨城県大
洗海岸近くの大櫛という所に巨人が住んでい
て、海に手を伸ばし大ハマグリを捕って食べ
ていました。その貝殻のたまったのがいまの
「大串貝塚」だとしています。

 巨人の足跡は長さ360mもあり、面積が40
平方mもあり、オシッコをしたときにできた
穴が40平方mあまりというから半端ではあ
りません。南北朝時代成立の『神明鏡』(作
者不詳)には「道場法師・大駄法師」の名で
記載され、下って江戸時代の『松屋筆記』(高
田興清著)巻五「ダイダラボッチの足跡」に
も神奈川県相模原市の大沼はダイダラボッチ
が富士山を背負おうとし、足を踏ん張ったと
きへこんだ所だとあります。

 巨人足跡は関東だけでも30以上あるとい
われ、全国的にはどのくらいあるでしょうか。
たとえば東京都世田谷区代田の地名はダイダ
ラボッチのダイタだし、近年まであった同地
代田薬師付近にあった細長い窪地や、長野県
の飯縄山麓の大座法師池、埼玉県さいたま市
の太田窪、長野県諏訪市の手長神社境内の1
反歩ほど水たまりが数ヶ所あり、みな大男の
足跡だとされています。

 房総にも巨人伝説があります。デーデッポ
ーは、富士山に腰をかけて東京湾で顔を洗い
千葉県側にやってきました。ノッシ、ノッシ
と歩いているときエッヘンと咳払い。すると
口から島が飛び出しました。それが鋸南町か
ら見える浮島のなったといいます。また昼寝
しようとデーデッポは横になって寝ころんだ
ところ足が東京湾に届いてしまったという。
その時富山町の富山を枕がわりにしたため、
富山は真ん中がへこみ南峰と北峰の双耳峰に
なってしまったということです。

 その山麓にもデーデッポの足跡が残ってい
ます。先年スイセンロードを歩いたとき足跡
を訪ねようと市の職員の方に聞いてみました
がそこへ行く途中の道が荒廃して藪になって
いて通れないとのことでした。

 この巨人をなぜ大太法師やダイダラボッチ
というのかについて、江戸時代から「大太坊
蹤(だいたぼうあしあと)」(山崎美成)や「大
太法師弁」(明和舟江)、「怪談几弁・かいだ
んきべん」などで論じられていましたが結局
は「愚量の及ぶところにあらず」ということ
になっているのだそうです。

 現代でも、タラは貴人の呼称だとする説(柳
田国男)、タタラと関連して鍛冶屋の伝播説、
アイヌ語のダイ(小山)とタラ(背負う)で
「小山を背負う」意味から生まれた巨人名。
その他台湾の伝説からきているとか、はたま
たギリシャ神話まで引っ張り出して説明しよ
うとする説まであります。

▼【参考文献】
・『山岳宗教史研究叢書8・日光山と関東の
修験道』宮田登・宮本袈裟雄編(名著出版)
1979年(昭和54)
・『山岳宗教史研究叢書16』「修験道の伝承
文化」五記重編 (名著出版)1981年(昭和56)
・『図聚天狗列伝・東日本編』知切光歳(三
樹書房)1977年(昭和52)
・『日本大百科全書3』(小学館)1985年(昭
和60)
・『日本大百科全書4』(小学館)1985年(昭
和60)
・『日本の民俗25・滋賀』橋本鉄男(第一法
規)1976年(昭和51)
・『日本架空伝承人名事典』大隅和雄ほか(平
凡社)1992年(平成4)
・『日本未確認生物事典』笹間良彦著(柏美
術出版)1994年(平成6)
・『日本伝説大系4・北関東』(茨城・栃木・
群馬)渡邊昭五(みずうみ書房)1986年(昭
和61)
・『日本伝説大系5・南関東』(千葉・埼玉・
東京・神奈川・山梨)宮田登ほか(みずうみ
書房)1986年(昭和61)
・『日本伝説大系・7』(中部:長野・静岡・
愛知・岐阜)(みずうみ書房)1982年(昭和57)
・『常陸風土記』:日本古典文学大系2『風土
記』秋本吉郎校注(岩波書店)1987年(昭
和62)
・『房総の伝説』(日本の伝説・6)高橋在久
ほか(角川書店)1976年(昭和51)
・『民間信仰辞典』桜井徳太郎編(東京堂出
版)1984年(昭和59)
・『柳田国男全集4』柳田国男(ちくま文庫)
1989年(昭和64・平成1)
・『柳田國男全集6』ちくま文庫(筑摩書房)
1989年(昭和64・平成1)


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