▼山のまん画ばなし【本文】のページ(06)

………………………………………………………
▼山梨県都留市・道志二十六夜山の石碑

【略文】
山梨県都留市の二十六夜山頂に建てられた二十六夜待の石碑。山麓
の法能集落の人たちが建てたものといい、蚕や作物の豊作、商売繁
盛を祈ったという。二十六夜の月といえばかなり細い月。そんな月
明かりを頼りに昔の人たちは、夜道の山をここまで登ってきたので
しょうか。
・山梨県都留市

※ご用とお急ぎでない方は、【本文】もどうぞ。

【本文】

 かつて月の出を待って礼拝し、ごちそうを持ち寄って食べる月待
(つきまち)という行事がありました。すっかりすたれてしまった
いまでもその講中が記念に建てた「○○夜塔」の石碑を見ることが
できます。


 旧暦1月とか7月の26日の夜精進供養したのが二十六夜待(まち)
の行事です。二十六夜待講は二十六夜塔を建てました。二十六夜待
講の本尊は災害よけ、縁結びに霊験のある愛染明王という仏さまで、
この明王の絵像や「二十六夜尊」の掛け軸を掛けて礼拝します。


 農家では蚕や作物の豊作の願い、商人は商売繁盛を祈ったという。
また愛染明王を守り神とする染め物業者も月待をしたそうです。二
十六夜の月待は近くの丘や山に登って、また海岸に出て月を拝む風
習もあるという。


 ここ都留市のその名も二十六夜山頂上には二十六夜待の石碑が建
っています。この山も旧暦の1月と7月の26日の夜、地元の村人た
ちが山頂で山々の端から出る月を拝む行事があったという。「新日
本山岳誌」によれば、その夜、月の光の中から阿弥陀如来や観音菩
薩、勢至菩薩があらわれるという。


 村人は餅や米、野菜などを月に供え、諸悪・災害除けと養蚕守護
を祈ったのだそうです。石碑は山麓の都留市法能集落の人たちが建
てたものといい、嘉永7年(安政1)(1854・江戸後期)7月26日
と読める銘があります。


 二十六夜の月といえばかなり細い月。そんな月明かりを頼りに昔
の人たちは、夜道の山をここまで登ってきたのでしょうか。なお同
県上野原市秋山にも二十六夜山があって秋山二十六夜山と呼ばれ、
1889年(明治22)の旧暦7月に建てられたものだそうです。


●道志二十六夜山【データ】
▼【所在地】
・山梨県都留市。富士急行赤坂駅から歩いて4時間で道志二十六夜
山。三等三角点(1297.3m)ち二十六夜待ちの碑がある。
▼【ご利益】
・二十六夜待の碑:災害よけ、縁結び、豊作、商売繁盛
▼【位置】
・三角点:北緯35度31分39.4秒、東経138度56分48.65秒
▼【地図】
・2万5千分の1地形図「都留(甲府)」
▼【山行】
・某年11月19日(日曜日・晴れ)



▼【参考】
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『浜沢側登山口の説明板』
・下尾崎側登山口にも説明板
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)ほか



▼この話は山の伝承神話 いらすと紀行 から引用しました。


………………………………………………………

………【広告】…………………………………
おもしろ【山と田園の本】
01新・丹沢山ものがたり(既刊を改訂)
02全国の山・天狗ばなし』(山の妖怪天狗)
03山の伝承神話いらすと紀行』(既刊を改訂)
04『新・ふるさとの神々何でも事典(既刊を改訂)
05新・家庭行事なんでも事典』(既刊を改訂)
06『健康(クスリになる)野菜と果物』(既刊を改訂)
07『ひとの一生なんでも事典』(既刊を改訂)
08『新・ふるさと祭事記(歳時記)(既刊を改訂)
09『野の本・山の本』(既刊を改訂)
・1
0【奥多摩・山のはなし】

売店のページ。

…………………
▼ヤマケイ新書日本百霊山



……………………………………
【時U-moあ-と】すたじお
【とよだ 時】
山の伝説伝承探査
山旅通信【ひとり画っ展】発行
山旅【画っ展の会】
from 20/10/2000



アクセス06

TOPページ
……………………………………………………