▼山のまん画ばなし【本文】のページ04

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▼「奥秩父・飛竜山の伝説」

【略文】
雲取山から奥秩父・笠取山へ向かうその途中に飛竜山があります。
縦走路わきには飛竜権現の祠もあります。飛竜権現は竜神で雨の神
だという。ある時、神は自分への供物が少ないと暴れはじめたとい
う。困ったふもとの丹波山村の村人は祠を建てて鎮めたのがはじま
りだそうです。
・山梨県丹波山村と埼玉県大滝村との境

※ご用とお急ぎでない方は、【本文】もどうぞ。

【本文】

 東京都の最高峰・雲取山から奥秩父・笠取山へ向かう縦走路。そ
の途中に飛竜山(2077m)という山があります。山頂は登山道からは
ずれ、ヤブの中を往復45分くらいかけて北側に登ります。頂上の登
っても見晴らしがきかず、三等三角点があるだけです。


 この山には大洞山という別名があり、地図にも両方の山名が書か
れています。江戸時代に書かれた甲斐国四郡の地誌『甲斐国志』に
「飛竜権現ノ社、慶安中ノ鰐口、文明年中ノ棟札アリ。別当宝蔵寺」
とあり、ふつう飛竜山と呼ばれていますが、秩父側では大洞山とい
っていて、飛竜の名は秩父に通用しないそうです。


 山の名はふもとでそれぞれの名で呼ばれているのですね。縦走路
わきには飛竜権現という祠があり、雨をもたらす竜神がまつられて
います。


 その昔、ふもとの丹波山村に木彫りの飛竜権現のご神体を祭った
祠があったそうです。この神は、村人のお供え物が少ないとヘソを
曲げてしまい、雲を呼び大雨を降らせ風をまきおこし、暴れまくっ
て木々や草を枯らしてしまったといいます。


 恐れ困った村人は、暴れ疲れて大木の股で休んでいる飛竜神にひ
れ伏して謝り、供え物を多くすることを約束して大木の根元に祠を
建立、手厚くまつりました。


 その後は、神もおとなしくなり、再び暴れることはなくなったと
いう。それがいまある飛竜権現の社のもとで縦走路わきにある祠は
その山宮だという伝説が残っています。


 いま登山者は祠など見向きもせず先を急ぎます。お供え物が少な
いとヘソを曲げたり、暴れ疲れて休んだり、神さまにもいろいろな
神がいるものですね。


■飛竜権現の祠【データ】
▼【所在地】
・山梨県北都留郡丹波山村。JR青梅線奥多摩駅からバス、丹波か
ら歩いて3時間50分で飛竜権現の祠。そのほかは何もなし。
▼【位置】
・飛竜権現の祠:北緯35度50分8.81秒、東経138度53分26.75秒
▼【地図】
・2万5千分の1地形図「雲取山(甲府)」
▼【山行】
・某年5月4日(月曜日・雨)



▼【参考】
・『甲斐国志・3』(巻之72):(松平定能(まさ)編集)1814(文
化11年):(「大日本地誌大系・別巻」(雄山閣)1973年(昭和48)
・『角川日本地名大辞典11・埼玉県』小野文雄ほか編(角川書店)1
980年(昭和55)
・「丹波山村教育委員会の手紙」
・『山の憶い出 上・下』(復刻版)小暮理太郎(大修館書店)1975
年(昭和50):(「日本山岳名著全集2」所収)


▼この話は山の伝承神話 いらすと紀行 から引用しました。


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