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山旅通信【ひとり画展】(07) 【とよだ 時】

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989号山梨県・甘利山の赤牛

・【短略説明】
甘利山は、ここ甲斐国の「甘利荘」の裏手にある山なのでその名が
あるという。山の中腹の椹池には主の大蛇がすんでいたという。あ
る時、領主の甘利左衛門が、領民に命じて池から大蛇を追い出しま
した。大蛇は赤い牛となって飛び出し、山奥の大笹池に逃げ、さら
に中巨摩野午島の能蔵池にすみついたという。
・山梨県韮崎市と南アルプス市との境。

※【本文】は下方にあります。長いです。

989号山梨県・甘利山の赤牛

・【本文】
 甘利山(あまりやま)の名は、ここ甲斐国の「甘利荘」の裏手に
ある山なのでその名があるという。そもそも古代律令国家時代の郷
は、1000戸をもって郷とし、その余りは、余部(あまりべ)郷と
して別郷とされていたという。甲斐国巨摩郡にもその余部郷があっ
て、それが「甘利荘」となったものといいます。

 「甘利荘」が武田氏の勢力下になってから一帯は、甘利左衛門尉
(じょう)昌忠(まさただ)に与えられたという。この甘利昌忠は、
武田氏の家臣で、武田二十四将の一人として数えられ、また奥近習
六人衆にも名があがる人物です。甘利氏は、武田氏の始祖である甲
斐源氏・武田信義の子であるといいます。

 甘利山の頂上は汁垂(しるたる)と呼ばれ、山頂部は準平原状を
なし、八ヶ岳・富士山・甲府盆地などが一望できます。草本も豊富
で、とくにレンゲツツジ、スズランの群落は有名です。ほかにアツ
モリソウや、クガイソウ、ヤナギラン、またエゾフウロ、グンナイ
フウロ、さらにシモツケソウなどもあります。

 明治時代には、山梨師範学校の学生たちの登山や、女学校の集団
登山もあったそうです。地元の山岳会が誕生してからは、甘利山を
世に出そうともしました。1972年(昭和47)に、椹池や山頂を通
過するツツジラインにつづく周遊自動車道路があり、いまではタク
シーの便もあるという、すっかり自動車登山の山になりました。

 中腹の標高1240mにある椹(さわら)池は登山者の休憩地点。
椹池からは雨乞い習俗に関連ありそうな遺物も発見されています。
この椹池には不思議な剣の話があります。1984年(昭和59)の早
春のこと、突然、原因不明で椹池が干上がったという。すると、池
の底に錆びた鉄剣が、岩に突き刺さっているのが発見されました。

 長さ40センチ、幅8センチの大きな鉄剣で、束はなくなってい
ました。それからのち、テレビでもこの事件が取り上げられました。
それによると剣の一部を採取して、埼玉県埋蔵文化財センターで鑑
定したところ、奈良時代以前のものという結果が出たというのです。

 ただ、この剣は昔からあったようで、椹池ほとりの白鳳荘の管理
人望月さんの話だと、「自分たちがまだこどものころ、真冬に凍っ
た池の上を「下駄スケート」でよく遊んだ。その時、池のなかの氷
の上に剣が出ていて、邪魔だとよくけ飛ばしたものだ。いまは朽ち
て池のなかに沈んでいる」とのお話しでした。

 鑑定のこともよく分からないとのこと。結局は霧の中の「ムニャ
ムニヤ」状態ですが、このような話ははっきりしない方が神秘的で
いいのかも知れませんネ。

 また、この椹池には次のような伝説があります。1935年(昭和10)
の『口碑伝説集』によると、「今より凡そ400年前、本郡下條村の
一老婆に、何の病気か知らないが額に角を生じた。老婆はこれを人
に見らるるのを恐れて常に手拭を被って隠してゐた。ところが或時
洗濯をしてゐると強い風が吹いて来て、あっと言ふ間に手拭いを吹
き飛ばして了った。…

 …老婆の頭の二本の角は側にゐた嫁と近所の謀に見られたのであ
る。老婆は大いにこれを恥ぢて直ちに走せて西山に至り、山中の池
に投身して遂に其の池の主となった。現今の甘利山の椹(サワライ
ケ)池がこの池である。其後天文年中領主甘利氏の二氏(※1人と
いう資料もある)が此處で釣りをしたが誤って墜落し溺死してしま
った。…

 …そして其の死骸も水底に沈んで現れなかったので、これは必ず
池の主の蛇身化生の仕業であらうといふので、里人一同は領主の命
に依って付近の椹を伐り倒して之を池中に数多投げ入れ、尚其の上
に土砂汚物等を入れて池を埋めた。其の時池中から一頭の赤牛が飛
び出して大笹池に走って行った。…

 …これは先に投身した老婆の化身であった。この赤牛は大笹池に
行ったが住む事が出来なくて、更に中巨摩郡御影村の野牛島(ヤグ
シマ)(いまの南アルプス市野牛島)の能蔵池(ノウゾウイケ)に
逃げて行ったが果たして其処に落付いたかどうかわからない。或は
一説に同郡源村大嵐の観世音はこの赤牛を祀ったのだとも言ってゐ
る」とあります。

 こんなことから、甘利氏は領民に、赤牛を椹池から追い出してく
れたお礼として、甘利山一帯の年貢を免除にしたということです。
この話のもとになっているのは、江戸時代の山梨県の地誌『甲斐国
志』。その「巻之三十」には、「甘利山。上条北割(カミデウキタノ
ワリ)村ニ近シ 山年貢免除ナリ 相伝フ昔時甘利左衛門ノ尉ノ子此
ノ山中佐原池ニ漁シテ罔象(※みずは・水の神)ノ為ニ命ヲ失ヒ其
ノ屍ヲ得ザリケレバ甘利氏怒リテ其ノ郷中十村ノ民ニ命ジテ池中ヘ
大木ヲ投ジ不潔ヲ沐(※そそ)ギシカバ罔象赤牛ニ化シ走リテ又其
ノ奧ナル大笹池ニ入ル右ノ賞(しょう)(※ほうび)トシテ山税ヲ
免ゼラレ 今尚ホ是レニ仍(※よ)ルト云フ」とあり、かなりシン
プルになっています。

 このことは柳田国男の『山島民譚集』にも「赤牛」の項で触れて
います。「甲州北巨摩郡旭村上条北割組ノ甘利山ノ山中ニ、佐原池
(※ママ)ト呼ブ池アリ…」と『甲斐国志』を引用しています。ここ
では「甘利左右衛門尉(ジョウ)ノ一子」としています。

 さて、ここに出てくる能蔵池とは、南アルプス市野牛島にある池。
中央本線竜王駅と塩崎駅との南側の中間地点。釜無川と御勅使川の
合流点の南西1キロのところにあります。この池は、御勅使川(み
だいがわ)の伏流水が湧き出すのをせき止めて造ったため池です。
池の東には鎮守の能蔵知恵文殊稲荷神社が鎮座し、池の西には蔵王
権現、中島には弁天がまつられています。

 この池の話はちょっと違った物語になっています。この池には、
村人に椀や膳を貸してくれる「貸し椀伝説」があり、それはこの池
にすむ赤牛さまのお陰だという。しかし、ある時、不心得者が借り
た椀を返さず、汚物を洗うなどしたため、怒った赤牛さまが池を飛
び出して、甘利山の椹池に行ってしまったという。そして、さらに
奧の大笹池に移ってしまい、そこで姿を消したという内容になって
います。

 ある夏、能蔵池調査1週間後に中央本線韮崎駅から4時間半、ヘ
アピンカーブの舗装車道を甘利山まで歩きました。いまクルマ登山
なら山頂下駐車場から20、30分の日帰り登山の山。お腹の大きい
ご夫婦まで散策する姿を見かけました。椹池湖畔のテント場から南
甘利山、大笹池経由で甘利山山頂、さらに千頭星山など調査。あす
はまたあの車道下りだとテントに戻りました。

 夜、腕に何か動くものがついています。手で払いますが何か気持
ちが悪い感触です。慌ててライトをつけてみると、大きなヤマヒル
が、のびのびと背伸びをしているのでした。そういえば、このあた
りは熊のほかシカが多いとのことでした。お前まで歓迎してくれて
いたのか、ありがとう…。

▼甘利山【データ】
【所在地】
・山梨県韮崎市と南アルプス市との境。JR中央本線韮崎駅から歩
いて5時間30分で甘利山三角点。3等三角点(1671.8m)がある。
さらに15分で頂上(1731.4m)。
【位置】
・3等三角点:北緯35度40分58.96秒、東経138度22分52.37秒
【地図】
・2万5千分の1地形図:「韮崎」甲府。

▼【参考文献】
・『甲斐国志』(松平定能(まさ)編集)1814(文化11年):(「大日
本地誌大系」(雄山閣)1973年(昭和48)
・『甲斐伝説集』(甲斐民俗叢書2)土橋里木著(山梨民俗の会)1953
年(昭和28)
・『角川日本地名大辞典19・山梨』竹内理三編(角川書店)1991年
(平成3)
・『口碑伝説集』(郷土研究第二輯第一冊)北巨摩郡教育会郷土研究
部編(北巨摩郡教育会)1935年(昭和10)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本歴史地名大系19・山梨県の地名』(平凡社)1995年(平成
7)
・『山島民譚集』柳田国男:(ちくま文庫「柳田国男全集・5」(筑
摩書房)1989年(平成1)
・「甘利山 椹池の赤牛伝説」山寺仁太郎著『甘利山』:白鳳荘のパ
ンフ。
・「甘利山の伝説」韮崎市「甘利山の自然」(宮崎佳明):白鳳荘の
パンフ。
・協力:「白鳳荘」管理人:望月一博様
・能蔵池の説明板

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 明日憂えん。(城山三郎)