山のトリビア伝記
『伝承と神話の百名山』(21)
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【とよだ時】(豊田時男
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▼安達太良山と安達ヶ原の鬼婆

【説明本文】

 福島県にそびえる安達太良山は(あ
だたらやま)は、山頂に小さな石祠(せ
きし)と、八紘一宇(はっこういちう)
という文字を彫った碑が建っていま
す。石の祠(ほこら)は、かつてこの
山の神をまつっていた祠です。いまは
ふもとの本宮(もとみや)町に引っ越
し、安達太良神社になっています。

 また碑の方の八紘とは、四方と四隅、
一宇はひとつの屋根。世界をひとつの
家にする意味で、『日本書紀』巻第三
「神武天皇即位前紀己未(つちのとひ
つじ)三月」にある「八紘(あめのし
た)を掩(おお)ひて宇(いえ)にせむ」
という一文をもとにしてつくった、世
界を統一しようとする標語だそうで
す。戦時中盛んに言いはやされた言葉
だそうです。

 さて安達太良山というのは、もとも
とは標高1700mの山のみをいっていま
した。しかし、いまは、これを主峰と
した火山群の総称をいうことが多いよ
うです。火山群とは、北から鬼面山(き
めん)・箕輪山(みのわ)・鉄山(く
ろがね)・安達太良山・和尚山(おし
ょう)などがならぶ連山のこと。

 主峰の安達太良山山頂は郡山市に属
し、連峰とすそ野は、二本松市・安達
郡大玉村・郡山市・福島市・耶麻郡猪
苗代町にまたがっています。主峰の安
達太良山は、その形から別名乳首山と
も呼ばれています。二本松市などから
眺めるとなるほどとうなずける山容で
す。

【▼山名】
 山名の「アダタラ」とは「安達郡一
番(太郎)の山」の意味、また「製鉄
のタタラ」や、アイヌ語で「乳の意味
のアタタ」からきたなどの由来説があ
りますがはっきりしません。別名も多
く、奈良時代には安太多良の嶺(みね)、
平安時代には安達嶺、その他、甑(こ
しき)明神山、岳山、西岳、安達山な
どなど。


 この安達太良山山頂にある祠には、
かつては安多羅大明神(甑(こしき)
明神)という神がまつられていました。
この神は、飯豊別(気)神(いいとよ
わけのかみ)ともいい、長く山頂にま
つられていましたが、平安時代に、南
ろくの本宮町菅森に移され、安達太良
神社としていまもまつられています。

 この話に関しては、明治時代に書か
れた地誌『安達郡誌』の嶽下村の項に、
「主峰を甑(こしき)明神と呼び、…
…方俗二本松嶽・西嶽・安達嶽・安達
太良峰・嶽山・又太華ともいへり。…
…。日の極めて晴れたらん折りは尾上
より富士山見ゆといへり。郷社安達太
良神社 市街に連なる菅森山と称する
丘上に在り、……往古より甑(こしき)
明神と称し奉りて安達が嶺に鎮座あり
しが、平安時代の安久元年(久安の間
違い。2年とも3年とも)四月朔本目
村菅森山なるいまの社地に遷座し奉
る。時に村名を改めて本宮と称す」と
あり、村の名を本目村から本宮村に変
えたとあります。

 祭神は、高皇産霊神(たかみむすび
のかみ)、神皇産霊神(かんむすびの
かみ)、飯豊別(和気)神(いいでわ
けのかみ)、陽日湯泉神(ようじつゆ
ぜんのかみ・温泉の神)、大刀自神(お
おとじのかみ)という、日本最初から
の神々などそうそうたるメンバーなの
であります。その後、ほかの皇霊二神
を合祀(ごうし)し、安達太良明神(三
社明神)と呼んでいます。

 また山岳仏教での「岳山駈け」も行
われ、勢至平、弥陀ヶ原、梵字石、僧
悟台、薬師岳などという場所も残って
います。山ろくの大玉村の相応寺の記
録には、「岳山は往古より相応寺一山
境内之場所」とあり、安達太良山は寺
の境内であるとしています。山頂はこ
のお寺の境内だったのですね。


 安達太良というと必ずで出てくるの
が、高村光太郎の「智恵子抄」。その
中に収録された「樹下の二人」。「安
多多羅山、あの光るのが阿武隈川、…」、
狂気の妻への思いを詠んだ詩集は有名
です。『万葉集』にも歌われています。
その「巻十四」に「安達太良ヶ嶺に臥
す鹿猪(しし)のありつつも吾は到ら
む寝処な去りそね」(安太多良山に宿
る獣のように、私はいつまでもお前を
訪れるから寝所をかえないよう)があ
ります。

 安達太良山にも雪形が出ます。春、
安達郡の本宮(もとみや)地方から見
ると、山の中腹の残雪が人の形になっ
てあらわれます。これを「粟まき法師」
といい、この形が出ると村人は粟をま
いたのだそうです。「粟」というとこ
ろがいかにも昔風です。それにしても
稲ではなく粟とは。村はそれほど貧し
かったのです。

 安達といえば安達ヶ原の鬼婆の話を
思い出します。福島県二本松市安達ヶ
原に天台宗のお寺、真弓山観世寺があ
ります。そこには昔、鬼婆が住んでい
た岩屋や、鬼婆の墓の黒塚、鬼婆の使
ったという「小刀」や「出刃包丁(で
ばぼうちょう)」などが保存されてい
ます。ここの鬼婆が人を喰らう話の内
容です。

 「昔、京都の公家の環の宮(たまき
のみや)という姫君の養育にあたって
いた乳母の岩手(いわて)は、姫君の
病を治すため、都を離れて奥州安達ヶ
原の岩屋に住み、姫君へ与えるための
「生ぎも」を探し求めていた。ある晩
秋の夕刻、木枯らしのなか、伊駒之助
(いこまのすけ)と恋衣(こいぎぬ)
という旅の夫婦がきて、ひと晩泊まる
ことになった。その晩、恋衣が産気づ
き、生駒之助は薬を求めて出かけてい
った。それをみた老婆岩手は、出刃包
丁で恋衣の腹を裂いて、生ぎもを取っ
てしまった。その時、恋衣は苦しい息
の下で、「私は親を探して歩いていた
が、ついに会えなかった」と語った。


 「岩手(いわて)が、恋衣のお守り
袋を開けてみると、それは自分の娘で
あった。驚き狂った岩手は、ついに鬼
になった。それからというもの、岩手
は、人の生血を吸い、肉を喰らう安達
ヶ原の鬼婆になってしまった。それか
ら数年、ある日紀州熊野から東光坊祐
慶(ゆうけい)という坊さんがやって
きて、この岩屋に宿泊した。老婆は「薪
を取りに行ってくる。が、決して奧の
寝間を見てはいかんゾ」と言い残して
出ていった。

 そういわれると、なお見たくなる。
そっとのぞいてみると、中は人骨の山。
「さればこれこそ、世に聞く安達ヶ原
の鬼婆」。旅の僧は、大急ぎで逃げ出
したが、戻ってきた鬼婆はものすごい
勢いで追いかけてきた。旅僧は笈(お
い)の中から、如意輪観音(にょいに
んかんのん)の像をおろし、呪文を唱
えた。すると観音像は天高く舞い上が
って、真弓を使って鬼婆を射ち取った
という」(『日本伝説大系3』)。

 このような「安達ヶ原の鬼婆」の話
は、京でも有名だったらしく、「三十
六歌仙」のひとり、平兼盛(たいらの
かねもり)も、「みちのくの安達ケ原
の黒塚(くろづか)に 鬼こもれりと
聞くはまことか」と歌っています。

 この山も暴れ山です。有史以後、1899
〜1900年に沼ノ平火口から噴火が続
きました。とくに1900年(明治33)
7月の大爆発は、火口の硫黄鉱山の従
業員83人中、死者72人、負傷者10
人、不明1人というすさまじさ。鉱山
は全滅。いまでも福島地方気象台が、
常時火山観測中といいます。

 ある年の4月、安達太良山は大吹雪
に見舞われました。向かい風に乗った
タクシーの前がフワッともち上がるほ
どです。やっとの思いで奥岳温泉へ着
きました。当初宿泊予定のくろがね小
屋までなんてトテモトテモの状態なの
です。急きょ宿泊をお願いした奥岳温
泉の主人も「明日の結婚披露宴がキャ
ンセルされた」と大なげき。

 しかし翌日はカラッと上がった晴天
に、エビノシッポを見ながらルンルン
気分で登ります。山頂は360度の大展
望。「あれが磐梯山、あの光るのが猪
苗代湖……」。なるほど近くに見えま
す。展望を楽しんでの帰り、五葉松平
の雪はもうぬかりはじめ、大きなフキ
ノトウが大きな顔をして日光浴をして
いました。


▼安達太良山【データ】
★【所在地】
・福島県二本松市、同県安達郡大玉村、
同県郡山市と同県耶麻郡猪苗代町との
境。東北本線二本松駅の西14キロ。
JR東北本線二本松駅からバス、奥岳
温泉から3時間で安達太良山。二等三
角点(1699.6m)がある。

★【位置】国土地理院「電子国土ポー
タルWebシステム」から検索
・三角点:北緯37度37分16.03秒、東経14
0度17分16.35秒

▼【参考文献】
・『安達郡誌』:安達郡(安達郡役所)
明治44年(1911)。国会図書館デジタ
ルコレクション。
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカ
ニシヤ出版)2005年(平成17)
・『山岳宗教史研究叢書7』(東北霊
山と修験道)月光善弘(がっこうよし
ひろ)編 (名著出版)1977年(昭和52)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫
(竹書房)1997年(平成9)
・『日本三百名山』毎日新聞社編(毎
日新聞社)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三
省堂)2004年(平成16)
・『日本伝説大系3・南奥羽・越後』
(山形・福島・新潟)大迫徳行ほか(み
ずうみ書房)1982年(昭和57)
・『日本百名山』深田久弥(新潮社)
1970年(昭和45)
・『名山の文化史』高橋千劔破(河出
書房新社)2007年(平成19)


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