『いなかの神さま仏さま』(改訂版・上)
第9章 路傍の石碑

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09-18「道祖神」

【序文】(140字)

道祖神はもともと村の外からくる疫病や、悪霊を村境で「さえぎり」、
村を守ってくれる神です。だから別名、塞の神とかさえのかみとも
呼んでいます。また「さい」は幸(さい)に通じ幸いをもたらすと
いうので、縁結びの神、旅人を守る神にもなっています。1月14,15
日ころには道祖神祭りも行われます。道祖神の形には丸石や文字の
もの双神像などがあります。

09-18「道祖神」

【本文】
いなか道を歩いていると、村境や道路の辻、はたまた峠などで道祖
神の石像やホコラをみかけます。道祖神は元来、外からくる邪悪な
ものをさえぎる役目の神です。村の入ってこようとする疫病や悪霊
を村境で通せんぼして、村を守ってくれています。だから別名、塞
(さい)の神またはさえのかみとも呼ばれています。

また「さい」は幸(さい)に通じるため、人間に幸いをもたらす神
としてあがめられ、男女円満、縁結びの神、そして旅人の安全を守
る神としても信仰されます。関東から中部地方では道陸神(どうろ
くじん)ともいっています。あの『古事記』や、『日本書紀』には、
岐神(ちまたのかみ)、ふなどの神、塞大神(さえのたいじん)な
どの名で出てきます。

江戸時代も中期以後になると世の中が落ち着いてきます。また各地
の大名たちも城の建造もひととおり終わってしまい、建設に携わっ
ていた石工たちも失業してきました。そこで石工たちは仕事を求め
て地方の村をめぐるついでに、思い思いの構想を練って石仏を彫っ
ていきました。そんなことから道祖神の石像の形はいろいろでバラ
エティーに富んでいきます。

その形は丸石をまつるもの、地蔵さまに似た石像、石祠、変わった
形の石、男性女性自身をまつったもの、道祖神の文字だけを刻んだ
もの、二人の神を彫った双神像、単神像、単僧像などなどさまざま
です。双神像のなかには女神が子どもを抱いているものや、まゆ玉、
幣と鈴、銭袋を持っているもの、もちをついているもの、またまた
男女神が仲良くしているものまであります。これは男女円満の姿を
示すことは邪悪者を尻込みさせるという考え方からつくられたもの
だといいます。まさに「仲良きことは美しき哉」なのです。

道祖神の文字が本に出てくるのは、飛鳥・奈良時代の歴史書「続
日本紀」(しょくにほんぎ)。平安初期の『新撰姓氏録』(しんせん
しょうじろく)には道祖とあり、フナドと訓じられています。また
934年(平安・承平4)『倭名類聚抄』(わみょうるいじゅしょう)
には道祖の字に対して「和名、佐倍乃加美(さへのかみ)」と訓読
しています。

道祖神は猿田彦神の神話とも習合しています。これは『古事記』に、
天孫降臨の際に猿田彦が道を照らして先導したとあり、道祖神にも
通じるようになったとあります。猿田彦はまたその姿から天狗の
「祖」として、「山の神」としても信仰され、また庚申をサルと訓
ずるところから、庚申信仰にも流れていったといいます。道祖神の
祭は1月14、15日ころ行われるのが普通。道の辻に竹やわらを積
み上げて火をつけます。家々の門松や正月に飾ったご弊や供物を焼
くこのとんど、左義長は持ち寄ったモチなどを焼いて食べ村人の無
病息災、家内安全、五穀豊穣、交通安全などなどの祈りがこめられ
ています。

千葉県印旛郡周辺にはこんな話が伝わっています。足の悪い道陸神
が、弁天さまに思いを寄せていました。ところが、弁天さまはそん
な道陸神が気に入らず、橋を渡って逃げていってしまいました。道
陸神は追いかけることができません。悲嘆にくれる道陸神……しか
し気をとりなおし、弁天さまは必ず戻ってくることを信じ、きょう
もまた、村はずれで待っているのだとしています。

道祖神といえば長野県安曇野です。なかでもJR大糸線穂高駅周辺
の辻々にたたずむ道祖神群は著名です。ならんだ男女2神が穏やか
な表情で手を握りあったり、肩を組んだりする仲睦まじい姿は、見
に訪れる観光客の心をなごませてくれます。

穂高町観光協会発行のパンフには道祖神めぐりのコースがいくつか
用意されていて、レンタル自転車で回る人たちも多い。ほとんどの
道祖神は屋根付きの柵のなかに収まっています。盗難や拓本から守
るためのものでしょうか。写真がうまく撮れないのが残念です。し
かし、広がる田園地帯をレンタル自転車でめぐったの数時間。春の
安曇野はナノハナとサクラで満開。遠く雪をかぶった常念岳がほほ
えんでいるようでした。

▼【参考文献】
・『信州の石仏』曽根原駿吉郎(文一総合出版)1980年(昭和55)
・『石仏紀行・日本発見』(暁教育図書)1980年(昭和55)
・『秩父の石仏』テレビ埼玉編集(文一総合出版)1980年(昭和55)
・『童遊文化史3』半澤俊郎(東京書籍)1980年(昭和55)
・『日本石仏事典』庚申懇話会(雄山閣)1979年(昭和54)
・『日本年中行事辞典』鈴木棠三(角川書店)1977年(昭和52)
・『日本の神々』:「芸術新潮1996年3月号」新潮社
・『日本の石仏6』(甲信・東海編)池田三四郎ほか編(国書刊行
会)1983年(昭和58)
・『日本の石仏8』(北関東編)大塚省悟編(国書刊行会刊)1983
年(昭和58)
・『日本の民俗・全47巻』(第一法規出版)昭和46(1971)年〜昭
和50(1975)年
・『目で見る民俗神3』(境と辻の神)萩原秀三郎(東京美術)198
8年(昭和63)
・『民間信仰辞典』桜井徳太郎編(東京堂出版)1984年(昭和59)
・『宿なし百神』川口謙二著(東京美術刊)1979年(昭和54)

 

 

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