『いなかの神さま仏さま』(改訂版・上)
第6章 動物の神

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06-05「熊 神」

【序文】(140字)

日本には本州にすむツキノワグマと、ほっかいどうに住むヒグマが
います。その中で民俗関係に登場するのはすべてツキノワグマです。
本州のツキノワグマは胸に白い「月の輪」があるので、野生動物の
なかでも高い位を持ち、これを狩猟すると祟るとか、また天候が荒
れる(熊荒れ)と言い伝えられています。

06-05「熊 神」

【本文】
 日本にすむ熊は、本州にすむツキノワグマと、北海道のヒグマが
いますが、民俗関係にあらわれるのはすべてツキノワグマだそうで
す。

 『古事記』(中巻)に、「かれ、神倭威波礼?古(かむやまといは
れびこ)の命(※神武天皇のこと)、そこより廻り幸して、熊野の
村に至りましし時に、大き熊、髣(ほの)かに出で入るすなはち失
せぬ。しかして神倭威波礼?古(かむやまといはれびこ)の命、た
ちまちにをえまし、また、御軍(みいくさ)もみなをえて伏しぬ。」
とあります。

 ……つまり、神武天皇がそこを出てぐるりと回り、熊野村(和歌
山県)に来た時、大きな熊が突然出てきてすぐに消えた。神武天皇
と軍勢は、熊の毒気にあたって気を失った。というのです。これは
熊に神霊を見たからだとされています。

 熊は力があり、恐ろしいのでその名を口にすることも避け、「じ
いさん」、「ばあさん」、「おじ」、「おば」と、親戚扱いをしたり、山
言葉で呼んだりします。「ヤマノオヤジ」、「クロゲ」、「ナビレ」、「イ
タチ」などみなそうです。

 「イタチ」というのは、人間はイタチに出会うことを忌(い)む
習慣があり、熊も同じだとの意味です。また「黒いヤツ」とか、「蜜
のアシ」などとも呼んだりします。

 「蜜のアシ」とは、熊は寒くなると脚に蜂蜜を塗って冬眠に入る
という。そして穴に籠もりのながらその蜜をなめて暮らすというい
い伝えがあるそうです。実際に、山で遭難した若い女性が、熊に救
われてこの蜜をなめて助かったという伝説もあります。

 東北の狩猟民であるマタギの間には、特殊なクマのいい伝えもあ
ります。全身真っ黒な熊は、「ミナグロ」と呼び、山の使いとか化
身だとしているという。これをとってしまった時は、マタギをやめ
なければならないという掟もあるそうです。

 逆に「ミナシロ」と呼ばれる、白化型の真っ白なクマは、「ミナ
グロ」以上に神聖視されて、おそれ敬われます。村にある熊野神社
の熊野権現を熊の神とするところもあります。そんな地方では熊を
とってはいけないという。

 本州にすむツキノワグマは、胸に白い「月の輪」があるため、野
生動物の中でも高い位を持っているのだそうで、これを狩猟すると
祟られるといいます。またその報いで天候が荒れたりするという。
それを「熊荒れ」といいます。

 熊の捕獲方法には、主に西日本で行われる、冬眠中とるものと、
東北地方で行われる、春の冬眠明けに雪の上にいる熊をとる方法が
あります。そもそも東北のマタギにとって、熊の胆(い)や毛皮は、
商品価値があり、第一の獲物だったわけです。

 そんなクマをとった時などは丁重に「熊祭り」をします。マタギ
にしとめられたクマが、最期にあげる声を三途声(さんずごえ)と
いいます。これは山の神が、「マタギにクマの体を与えるゾ」とい
う、許しの声であるという。マタギたちはこのクマの声を聞くと、
「勝負、勝負」と、神へのお礼をあらわす呪文をいって、皮をはぎ
取って毛祭りをします。

 その時、クマの頭を川上に向けておき、毛皮を獲物の上にかけて
唱えごとをします。それが済んだら、こんどは上下逆さにしてかけ
直します。これは人間の死者に対して行う、「逆さ着物」(※遺体に
着物の上下を逆さにして掛ける)の作法と同じことで、クマに引導
を渡す意味があるという。

 しとめた熊を解体したら、内蔵と、首と背からとった肉片を12こ
ずつに、クロモジなどでつくった2本の串に刺して、火にあぶって
山の神に供えます。神と一緒にマタギたちも食べます。こうしてク
マは、頭蓋骨をふたつに分けられ、別々に埋められます。これは神
聖視される熊に畏敬の念をあらわしているのだという。

 最近よく山で熊に出会います。北アルプス燕岳では、山小屋の米
びつをあさるに来たところに遭遇。谷川岳では木の上にいた熊と目
が合ってしまいました。とくに奥多摩では目の前に、熊が木から落
ちてきたのには参りました。

▼【参考文献】
・『古事記』:新潮日本古典集成・27『古事記』校注・西宮一民(新
潮社版)2005年(平成17)
・『古事記』(現代語文)池澤夏樹・訳(河出書房新社)2014年(平
成26)
・『世界大百科事典・8』(平凡社)1972年(昭和47)
・『動物信仰事典』芦田正次郎著(北辰堂)1999年(平成11)
・『日本大百科全書・7』(小学館)1986年(昭和61)
・『民間信仰辞典』桜井徳太郎編(東京堂出版)1984年(昭和59)

 

 

 

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