『いなかの神さま仏さま』(改訂版・上)
第4章 天狗神

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▼04-35「天狗の山移り」

【序文】140字

山につきものの天狗も引越するという。丹沢の大山下社脇のレリ
ーフの天狗伯耆坊は名前の通りもとは伯耆大山にいた天狗。かつ
て相模大山には相模坊天狗がいたが香川県の白峰に移った。伯耆
坊はそのあとに移ってきたという。ほかにもこのような話があり、
それを「天狗の山移り」というとか。

▼04-35「天狗の山移り」

【本文】
各地の名山、霊山にすむといわれる天狗。そのひとつ神奈川県の
丹沢の相模(さがみ)大山にも伯耆(ほうき)坊という大天狗が
いることになっています。伯耆坊は日本八天狗にも入るほどの大
物天狗なのだそうです。しかし、伯耆坊という名前の通り、もと
は鳥取県の伯耆大山(ほうきだいせん)にすんでいた天狗だとい
います。

かつて相模大山(丹沢)にはたくさんの子分天狗をつれた相模坊と
いう大天狗がいたのですが、なにがあったか相模坊は平安時代中期
までに四国・香川県の白峰山に移ってしまいました。(天狗信奉の
修験者たちの移動にともなうものか)。以来白峰相模坊と呼ばれて
います。

いま白峰山の中腹には四国霊場第八十一番札所白峰寺があり、境内
に崇徳上皇陵があります。そもそも崇徳上皇は、平安後期、父鳥羽
法皇の長い院政で、実権がなく不満を感じ、保元の乱(1156年、
平安後期)を起こしました。しかし企ては失敗し、讃岐(香川県)
に配流されます。

失意のどん底にいる崇徳院のいる白峰の配所を毎晩のように訪れ、
慰める天狗がいました。その天狗は、自分は相模という名前だと
名のっており、まさに相模大山(丹沢)から来た相模坊なわけです。

一説には、天狗になって王になると、生きながら魔界に入った崇徳
院だとする説もあります。讃岐に流された崇徳院は、8年間の悲憤
の中で1164年(長寛2)に46歳の生涯を終えます。崩御した院の
そばで霊を慰めていたのが相模坊天狗とその配下たちだったという
のです。

その後1168(仁安3)年、西行が崇徳院の墓に詣でた時、崇徳院
の怨霊と問答したことがあったという。その中で崇徳院は「空にむ
かひて「相模、相模」と呼ばせ給ふ。あ、と答えへて、鳶のごとく
の化鳥翔来り、前に伏して詔(みことのり)をまつ」と『雨月物語』
(巻之一白峰)にあります。この鳶のような鳥が相模坊天狗です。

このころはまだ、狩野元信が鼻の高い天狗を創作していなく、天狗
といえばカラス天狗だったわけです。崇徳院は相模坊に向かって、
「なぜ早く平重盛の命をとって後白河上皇や平清盛を苦しめないの
か」と責めます。

すると化鳥は、「後白河上皇の福運はいまだつきておりません。重
盛の忠義にも近づき近寄りかねます。しかしいまから干支(えと)
を一回りし12年たてば、平重盛の寿命がつきて平家一族の幸いも
亡びましょう」と相模坊天狗は断言します。

そして干支が一周した13年後、その言葉どおり平重盛は重い病で
世を去ってから平家一門は滅亡しています。もちろんこれは『雨月
物語』の作者・上田秋成が平家滅亡の年数を計算しての上の構成だ
といわれてはおりますが…。

丹沢の大山天狗の親分が相模坊が四国へ移ったあと、室町時代中
期以降、鳥取県の伯耆大山(ほうきだいせん)から伯耆坊天狗が
移ってきました。その年代ははっきりしませんが、相模坊が相模
大山からいなくなってから500年ぐらいあと、室町中期から戦国時
代の間らしいとされています。

原因は南北朝の抗争後、大山寺の衆徒が宮方と武士方に分かれ憎
みあい、坊を焼いたり焼かれたりで霊山の面影もなく山が荒廃し
てしまいました。そんなていたらくに伯耆坊天狗は嫌気をさして
さっさと相模大山(丹沢)に移ってきたのだろうとのことです。

相模大山の阿夫利神社下社左わきには、いまでも伯耆坊の石碑が
あります。またケーブルの途中の駅・不動前の大山寺には伯耆坊
の大神の祠(ほこら)も建てられてています。

なお、いま伯耆大山には清光坊とという天狗がまつられています。
このように天狗が移住するのを「天狗の山移り」といっています。
このような例はほかにもあります。たとえば妙義山日光坊は日光か
ら、源義経に仕えていた常陸坊海尊は義経が最期を遂げたあと高館
山ら青森県恐山に。この海尊の場合も山移りの一種とみていいでし
ょう。

▼【参考文献】
・『雨月物語』上田秋成:日本古典文学全集48「英草紙、西山物語、
雨月物語、春雨物語」(小学館)1989年(昭和64・平成1)
・『図聚天狗列伝・東日本』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭和
52)
・『図聚天狗列伝・西日本』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭和
52)蔵
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)
・特集「山と渓谷」03年11月号企画「山の民俗に親しむ」
・『日本架空伝承人名事典』大隅和雄ほか(平凡社)1992年(平成
4)
・『日本伝奇伝説大事典』乾克己ほか編(角川書店)1990年(平成
2)
・『日本未確認生物事典』笹間良彦著(柏美術出版)1994年(平成
6)

 

 

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