『いなかの神さま仏さま』(上)
第2章 山の妖怪

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▼02-08「鳥海山の手長足長」

【序文】140字

『古事記』や『日本書紀』では、櫛名田比売の両親として登場す
る手長・足長の神も、どういう分けか山の伝説では妖怪・怪物と
して登場します。昔、山形、秋田県境の鳥海山に「手長足長」と
いう鬼(悪魔)がすんでいて、街道を通りかかる人を捕まえては
食べ、里に現れては田畑を荒らしていたという。

▼02-08「鳥海山の手長足長」

【本文】
 『古事記』や『日本書紀』では八岐大蛇の項で、あの櫛名田比
売(くしなだひめ)の両親として出てくる手長・足長の神も、ど
ういう分けか山の伝説では妖怪・怪物として登場します。東北の
名山鳥海山(ちょうかいさん・2236m)にもこの怪物が登場しま
す。

 鳥海山は裾野が日本海まできれいにのびる秀麗な山。かつて村
人はこの鳥海山に現れる雪形(吹浦口では種蒔き爺)を見て苗代
づくりをはじめ、また農業に必要な水の湧き出る山を作神として
あがめ、親しみました。その鳥海山に山形側、秋田側それぞれに
こんな伝説があります。

 昔、山形県と秋田県を結ぶ街道は、山形県落伏地区から県境の
観音森を越え、栗山池へ出て、小滝地区へ抜ける道でした。ここ
は遠回りだけでなく旅人にとって恐ろしい道でした。当時、鳥海
山に「手長足長」という鬼(悪魔)が棲んでいて、街道を通りか
かる人を捕まえては食べ、里に現れて田畑を荒らしていました。

 鳥海山の大物忌の神はこれを見て、三本足の霊鳥(カラス)を
つかわし、山に鬼がいて危ないときは「ウヤ」、鬼がいなくて安全
なときは「ムヤ」と鳴かせました。そこで里人は、三本足のカラ
スが「ムヤ」と鳴く日を待って街道を歩いた。このことから山形
・秋田県境、三崎山の関を「有耶無耶の関」というのだという。

文徳天皇のころというから850〜858年(平安時代初めのころ)
になると、天皇の命を受けた慈覚大師が手長足長を退治にやって
きました。山形県吹浦に大護摩壇をつくり、火散の修法を行いま
した。21日目(山形側では100日目)になると、大師の祈りが通
じたものか突然大地がゆれ、大音響とともに鳥海山が破れ、手長
足長は山の頂とともに吹き飛びました(秋田県側ではあわてふた
めく手長足長に、大師が村人を連れてやまにのぼり四方から火を
かけ、とうとう退治してしまった)。

 この時、悪魔の尾が落ちてきたところが山形県の尾落伏(いま
の落伏地区)になり、吹き飛んだ鳥海山の頂きは、日本海に落ち
て飛島になったということです。

・山形県遊佐町と秋田県由利本荘市

▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典6・山形県』誉田慶恩ほか編(角川書店)
1981年(昭和56)
・『角川日本地名大辞典5・秋田県』新野直吉ほか編(角川書店)
1980年(昭和55)
・『日本伝説大系2・中奥羽編』(岩手・秋田・宮城)野村純一編
(みずうみ書房)1985年(昭和60)
・『日本伝説大系3・南奥羽・越後』(山形・福島・新潟)大迫徳
行ほか(みずうみ書房)1982年(昭和57)
・『日本伝説大系2・中奥羽編』(岩手・秋田・宮城)野村純一編(み
ずうみ書房)1985年(昭和60)

 

 

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