『いなかの神さま仏さま』(上)
第2章 山の妖怪

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▼05「荒船山のダイダラ坊」

【序文】(140字)

昔、長野県と群馬県の山中に、とんでもない大男デエラン坊が住
んでいました。碓氷峠を枕に足を妙義山に乗せて昼寝をするほど。
あまりの心地よさに大いびき。何千、何万の雷がいっぺんに鳴りだ
したような音が響いたという。おまけにドドーンというクシャミ刺
激され浅間山が大爆発を起こしたといいます。

▼05「荒船山のダイダラ坊」

【本文】
大きな船が荒波のなかを航行する形のその名も荒船山。群馬県と
長野県の境にあって、南北1200m、幅800mの台地のような船の形
をした山。船首にあたるのがこの山の最高峰行塚山(1423m)で、
その昔弘法大師が経文を埋めたという伝説があり、経塚山とも呼
ばれています。

甲板は平担で、低い樹林帯になっていて南北に気持ちのよいハイ
キングコースがつづいています。船体は南向きで船尾は北の端で
とも岩になっています。とも岩は高さ約170m、幅600mの大絶壁。
近くに今夜お世話になる避難小屋があります。

この荒船山には不思議な伝説があります。室町時代の『神道集』(室
町時代成立といわれる神社の由来縁起などを説いた何やら難しそ
うな本)には「さて諏訪大明神は、母御前のいる日光の岳へ通う
うち、この姫(荒船山に住む姫で貫前神という女神)と互いに顔
見知りになり、男女の道に心を移して夫婦になった」とあります。
姫はインドのクルベイ国の長者の娘で、国王がしつこく言い寄る
ためここまで逃げてきて、荒船山に隠れ住むことになったという
のです。

またこんな伝説もあります。昔、長野県と群馬県の山中に、とん
でもない大男デエラン坊が住んでいました。碓氷峠を枕に足を妙
義山に乗せて昼寝をするほど。寒い冬の日、デエラン坊が荒船山
に寄りかかり、火をふく浅間山をこたつがわりに昼寝していました
があまりの心地よさに大いびき。何千、何万の雷がいっぺんに鳴り
だしたような音が響きます。

おまけに夜になり冷え込んだためか、ドドーンというクシャミ。そ
れに刺激され浅間山が大爆発を起こしたといいます。なるほど荒船
山のとも岩から見る浅間山は雄大です。高さが約170m、幅600
mの大絶壁の上は11月末の季節もあって寒く、それこそ浅間山の
火が欲しいほどです。

やがて粉雪が降り出してきました。暮れなずむ中、下界の車道を
走るクルマのライトがきれいです。体が冷えてきました。すぐそ
ばの避難小屋に引き上げます。シュラフに潜り込みましたがいか
にも寒い。それもそのはず、翌日は荒船山の甲板に当たるところ
の山道は霧氷に包まれ、朝日に当たりキラキラと輝いて迎えてく
れました。

▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典10・群馬県』井上定幸ほか編(角川書店)
1988年(昭和63)
・『神道集』(しんとうしゅう)安居院(あぐい)作:『神道集』(東
洋文庫・94)貴志正造・訳(平凡社)1994年(平成6)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本歴史地名大系10・群馬』(平凡社)1987年(昭和62)
・『日本歴史地名大系20・長野県の地名』(平凡社)1979年(昭和54)

 

 

 

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