『いなかの神さま仏さま・上』(山と峠の神々)
第6章 動物の神

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▼06-09「ツチノコと古文書

【序文】140字
一時話題になったツチノコ。『日本書紀』や『古事記』にもあり、
目撃者は全国的。とくに紀伊半島のものは「…和州の菜摘川、清
明の滝の辺りで往々にこれを見かける」(寺島良安『和漢三才図絵』)
と具体的。坂を下るのは早いが登りは遅く高いところへは追って
こないとある。足にかみつくという。・奈良県川上村

▼06-09「ツチノコと古文書

【本文】
一時話題になったツチノコはだれでも一度は聞いたことがある幻の
蛇です。ビールびんのようにずんどうな奇妙な形で、目撃者は全国
的ながらまだ確認はされず、いまでは懸賞金がついているほどです。
ところがこの蛇、野槌蛇(のづちへび)ともいって奈良時代からの
書物に記録があります。

『日本書紀』(巻第一神代上)に、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
と伊弉冉尊(いざなみのみこと)が天地山海樹木を生んだ、「次に
草(かや)の祖・草姫(かやのひめ)を生む。亦(また)は野槌(の
づち)と名(なづ)く」(平凡社東洋文庫版)とあります。

また『古事記』(上つ巻)では、伊耶那岐(いざなぎ)、伊耶那美(い
ざなみ)が神々を生んだ、「次に山の神、名は大山津見の神を生み、
次に野の神、名は鹿屋野比売(かやのひめ)の神を生みたまひき。
亦の名は野槌の神といふ。この大山津見の神・野槌の神の二柱の神、
山・野によりて持ち別きて、生みたまへる神の名は、天之狭土(あ
めのさづち)の神。」(新潮社版)とあります。

降って江戸後期、橘南谿(たちばななんけい)の『西遊記』(巻之
一)(肥後の国(熊本)求麻郡)に「犬の足のないようなもの、ま
た芋虫によく似ている。一寸坊蛇という」とあります。さらに、江
戸中期初頭の寺島良安著『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』(巻
第四十五・竜蛇部)に、「野槌蛇(訳者注・合木蛇の属であろうか)。
思うに、深山の木の穴の中にいる。大きいものは直径五寸(15.151
5センチくらい)、長さ三尺(90.909センチくらい)。頭・尾は均等
で尾は尖(とが)っていないので、柄のない槌に似ているそれで俗
に野槌という」(島田勇雄ほか訳注・平凡社東洋文庫版)とありま
す。

また「和州(やまと)の吉野山中の菜摘川(なつみがわ)(奈良県
吉野町大字菜摘あたりの吉野川)、清明の滝(川上村大字西河にあ
る蜻蛉(せいれい)の滝)辺りで往々にこれを見かける。口は大き
くて人の脚に噛みつく。坂を走り下って大変速く人を追いかける。
ただし、登りは極めて遅い。それで、この蛇に逢えば急いで高い処
へ登れば、追ってはこない。」とあり、具体的に記述しています。

奈良県吉野町上千本からさらに奥へ、金峰神社から30分のところに
青根ヶ峰があります。ここはもと金峰山(きんぷせん)といったと
ころで、大峰山への入り口になっています。少し先の舗装された林
道を左折、さらに右側樹林の中に入り、音無川沿いに下っていくと
問題の蜻蛉の滝があります。この滝は奇岩・漠水が見物で松尾芭蕉
も訪れたところ。

滝のわきの岩上に弁天宮があり、付近の不動堂には不動明王と役ノ
行者の像が安置してあり、いまは滝の近くまでバス道路が通り、あ
たりに県民グラウンドまでできて、滝の入口が公園になっていて遊
歩道まで出来ているありさま。バス停のある大滝地区まで歩いて10
数分という近さです。

また以前、三重県と奈良県境大台ヶ原への三重県側登山口・大杉
集落の登山センターで、ちょっと興味ひかれる看板を見つけまし
た。大きなパネルに、変わったヘビの絵。「ツチノコ……山深い台
高山脈では最近まで目撃した人も多い。熊野地方の多くの目撃者
の話も多い。ツチノコと出会った人は詳細を当センターに連絡し
て下さい」という意味の文が添えてあります。あながちまゆつば
ではないのかも知れません。

ある年の4月、吉野はサクラがまっ盛り。蔵王堂に参拝して行楽客
の人混みと分かれ、上千本から奥千本へ行って驚きました。先年訪
れたときポリタンクに水を満タンにして貰った金峰神社の社務所が
ありません。火災にあって焼失したと立て札にありました。近くに
「義経隠塔」もあります。

さらに奥に行くと西行庵があって、付近は開けた小平地で気持ちの
いいところです。そろそろねぐらを探す時間ですが、ここにテント
を張っては西行法師に対しあまりに恐れ多い。少しでも蜻蛉の滝に
近づこうと青根ヶ峰で一夜を過ごしました。

次の日、訪れた蜻蛉の滝はさすが名漠とうたわれた滝。水量も豊で
展望台の上でも濡れんばかりのしぶきです。どこかにツチノコの痕
跡?でもないかと目を皿のようにして探したのですが、看板や立て
札にもツチノコのツの字もありません。ただ「マムシに注意」の文
字だけが目立っていました。

▼【参考文献】
・新潮日本古典集成『古事記』西宮一臣校注(新潮社)2005年(平
成17)
・『日本書紀・巻第一』神代上第5段:『岩波文庫日本書紀1』坂
本太郎ほか校注(岩波書店)1996年(平成8)
・『日本未確認生物事典」笠間良彦(柏美術出版)1994年(平成6)
・『和漢三才図会」(巻第四十五竜蛇部)寺島良安:東洋文庫471「和
漢三才図会7」島田勇雄ほか訳注(平凡社)1989年(平成元)

 

 

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